『Salon』 2012年3月 春号/Essay de say
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(発行:ザ・フェニックホール情報誌)
◇ 君はやめられるのかい?と言われて 斎藤雅広 ◇
気がつくともう50年もピアノを弾いている。いい歳になったわけだ。 こうなって思い巡らすのは人生の先輩たちのことだ。一見まともそうであっても、音楽家にはどこか風変わりでわがままな人が多い(笑)。我々の人生の喜びは「良い演奏ができること」に尽きるが、同時にストレスのほうも「演奏をする」ことを通してもたらされてくる。まあ風変わりな性格にもなろうというものである(笑)。そして自分は一体これからどんな人間になっていくのだろうか?
自分の性格にわりと近く、そういう意味で憧れるのは園田高弘先生だ。豪放でエネルギッシュな先生だったから、喧嘩話や武勇伝も多いのだが、留学するお弟子さんに「どうせ金が無いんだろう?」とポケットマネーをポン!みたいな男気の優しさもあって、私は好きだ。アドヴァイスを戴きに家に通ったので、師弟とも言える関係だがあまり密にはならなかった。
その先生のリサイタルの楽屋に伺ったら「がんばってくれよ、こんな曲は君が弾かなきゃダメなんだよ。」などと言われたことがある。「ボヤボヤするな!もっと貪欲であれ」というような意味だろう。一緒にお食事をしていたときには「斎藤君、絶対まずいものを食べてはいけないよ。人生でこの日の食事は1度きりなんだから。この1度を無駄にしてはならないんだ」と言われた。おかげで食べ物にうるさい人間になってしまったのだが(笑)、これはそのまま演奏に対する厳しさに通じている。
エールばかりではない。スランプになって「就職でもしなければたちゆかない」などと悩んでいた頃に相談に行くと「じゃ、君はやめられるのかい?斎藤雅広はやめるのかい?」と痛いところを突かれた。そう、演奏家の目標はただ「弾き続けること」にある。円熟だの何だのと言っても、それは弾き続けていればこそのお話である。この世界は「やる」か「やめる」か、いずれかしかないことを悟ることとなり、ここで覚悟を決めた。この言葉には価値がある。
やる気を失い、厳しさを忘れ、迷いが生じる時とはどんな時だろう。何かを恐れる?恐れる怖さとは?ほとんどの場合は外的な要因だ。認められないこと、仕事がないこと、中傷やつまらない嫌がらせ、人間的なしがらみ・・・自己嫌悪や己の情けなさを責めるようになるのは、大抵はそうした外因によってもたらされ、重くゆっくりとしめつけられる。しかし「やる」か「やめる」かしかない世界だと思えば、ことは単純明解。「やめない」のならば貪欲に、1つ1つを大切に、とにかく「やる」しかないのだ。専心することに使命感と自信が生まれ、本質が見えてくる。本質が見えれば、外からの雑音などバカバカしい遠吠えに等しく、やがては跳ね返すこともできるだろう。そうなれば、あとはたまに少し風変わりにわがままなことでもしていれば(笑)、確かに安穏と暮らしていけそうではないか。
そうして私も今年デビュー35周年になった。ずっとピアノを弾き続けて、満足のいく人生だと心から思っている。私は「今後の夢」などは語らない。いつものように「やる」か「やめる」か、それだけを考えている。「やる」ならば、さらに満足のいく歳月を重ねられるようにしていきたい。そのためには「やめない」ことだ(笑)
『CDジャーナル』 2009年1月号/ザ・スーパートリオ
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(発行:株式会社音楽出版社)
声とクラリネットとピアノという珍しい組み合わせのトリオですね。それぞれ芸達者な人たちが、真面目にクラシックをやってるかと思えば、羽目を外したり、見得を切ったりと、さまざまな技を駆使しつつも、バランスが良く決して崩しません。プロフェッショナルのお仕事です。
『Dear Music!』 1999年10月号/Dear People! インタビュー
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(発行:ビクター・テクニクス・ミュージック株式会社/TEL:03−3342−8751)
☆10月からスタートするNHK教育テレビ「趣味悠々」で『お父さんのためのピアノ講座』の講師をつとめられるとか。
「ええ、現在テキスト作りをしているところです(インタビューは8月中旬)。1曲まるまる全部指使いを書き込んだり、弾いているところの手の形を1音1音すべて写真に撮ったりと、本当に気が遠くなるような(笑)作業です。でもね、僕の前にやっていたフラメンコ講座のテキストなんてもっとたいへんだったみたいですよ。回ったり飛んだりするところがあるでしょ。講師の方が何十回も飛ぶのを、空中分解写真みたいにね、1カットずつ撮影していくんですって。それであんまり飛びすぎて、講師の方がステップを忘れちゃったとかね(笑)。ですから、意外とあのテキスト作りはたいへんということが分かりました」
☆指使いを全部書き込むというのも、なかなかたいへんですね。
「僕は自分で演奏するときには、指使いってあまり決めないんですよ。楽譜に書き込むこともあまりしないので、いざ考え始めるとけっこう困っちゃう(笑)。指使いってほんとうに何通りも考えられるでしょ。まして今回は初心者の方だから、その辺も考えて、自分の指使いをふればよいというわけではないので、むずかしいところですね」
☆実際も指導はされているのですか。
「はい。今僕の生徒は趣味でやっている方が多いです。僕は演奏会も含めて『楽しく』なんでもやっていきたいと考えているので、僕のところに来る生徒もそういう方々が多いですね」
☆楽しく指導する秘訣を教えてください。
「まあ、まずは本人に音楽が好きだという気持ちがあるかどうかが、大切ですね。与えられた教材もただ教えるだけでなく、工夫すること。特に子どもの生徒には、先生が弾いてあげるといいみたい。自分が弾いている曲と同じ曲を、先生が弾くとぜんぜん違うふうに聴こえると意識したとき、『この曲ってこんな曲だったんだ』と思って、さらに音楽に興味が出てくる。一方大人は好きでやっているわけですから、僕がよっぽどムチでも持って怒鳴らない限りは楽しくやってくれますね。意外と悩んでいるのは音大生です。将来についての悩みもありますし、非常にストレスを感じている。僕は大阪音大の特別講師なのですが、僕の音大でのクラスは『マサヒロクラブ』という名前がついていて、とにかく楽しくやろうと。音大生ともなると、音楽が生活や人生の大部分を占めているようなものだと思うんですね。ですからたとえどんなにステキな彼氏ができようが、音楽の部分が充実していないと幸せではないのではないかと。音楽にすべての照準を合わせていくことによって、ストレスをなくすことができるのではないでしょうか」
☆たとえば?
「大胆な演奏は大胆な私生活から、几帳面な演奏は几帳面な私生活から生まれます。ですから、自分がどのような演奏をしたいのか考えて、なるべくそれに合った私生活をおくるように心がけることが大切だと僕は思うんです。ふだん気弱に生きていて、演奏だけうわーっと大胆にいこうと思ってはいても、その気弱な部分がどうしても演奏には出てしまう。私生活と相反する演奏をするのは非常にむずかしいことです。教える先生も同じですね。生徒個人個人は違うのですから、あまり考え込まないで、いろいろな方面からアドバイスしてあげられればよいと思います」
☆いろいろな方面から。
「やり方はひとつではないと思うんです。いろいろなやり方がある。たとえば、1週目に言ったこととつぎの週に言ったことが違うこともありえるんです。生徒自身の演奏が違うから、アドバイスも違って当然なんですね。ですから僕は生徒に『これは今日のきみの演奏に対して言っていることだから。そして、これはあくまでひとつの方法だからこれがスベテではない。参考として聞いてほしいし、そのなかからきみ自身が自分でよい方法をセレクトしてほしい』と言います。ですから、先生もあまりかたく考えないで、『音楽はいろいろな方法がある』くらいの気持ちでいるとストレスは消えていくのではないかな」
☆これから指導に携わっていく方にアドバイスを。
「レッスンはコミュニケーションだから、生徒に喜んで帰っていただくというのは重要だと思います。喜んで帰っていただくというのは、なんだか商売人みたいであまりよくない表現ですけれど、喜んで帰ってもらえれば、よい気分で練習してもらえるかもしれないけれど、いやな気分になっちゃうと先生に対しても不信感を持つだろうし、ひょっとしたら音楽そのものも嫌いになってしまうかもしれない。『先生、楽しかったです』と言って帰ってもらえるためには、その生徒が何を望んでここに来ているのかを早くつかむことが大切だと思います。ショパンが弾きたいと思っているならば、なるべく早く弾けるようにしてあげる。それで挑戦してみて『ああ、やっぱり無理だったね』でもいいと思うんです。またがんばればいいんですから」
☆テクニック的な問題としては。
「変なクセがつかないように気をつけていなければ・・・などと言いますが、ホロヴィッツやグールドのように変なクセがついているピアニストもたくさんいますよね。でも、彼らはそれで弾けるんですからいいと思うんです。ただ変なクセのせいでうまく弾けない場合は、直してあげたほうがよい。人それぞれ体型などもありますしね、あまり型にはめすぎるよりも、実践的な方法で弾きにくかったときにアドバイスするという感じでいいんじゃないかと僕は思います」
☆指導に慣れていないと、どのようにアドバイスしていいか不安もありますが・・・。
「なにも偉そうなことを言う必要はないと思います。『どうしてだか分からないけれど、そこ変だと思う』でもいいんじゃないですか。どうしてだか分からないから、何度か弾いてもらって『うーん、どうしてだろうね』と、いっしょに考えてみるのもありだと思います。そこで何かを言ってあげようとしなくてもいい。先生も弾いて聴かせて『こういうふうに弾けるとよいね』とか言ってるうちに、気がつくこともあるかもしれない。そんな感じでいいと思いますよ」
☆先生もなるべく弾いてあげると。
「そうですね。弾いてあげられる先生とそうでない先生がいると思いますが、できれば弾いてあげられる先生になってほしいですね。そうなれるように努力したほうがいい。でも結局は人間関係だから、それさえできていれば何を言っても大丈夫だと思いますが・・・。先生とは偉くあることが仕事ではなくて、生徒が楽しくピアノが勉強できて音楽が好きになればよいわけですから」
☆演奏活動のほうはいかがですか。
「NHK教育TVのなかで『キーボーズ』というキャラクターをしていた関係で、子ども対象のコンサートが増えましたね。僕がキーボーズになって出ていた『トゥトゥアンサンブル』という番組は2年間続いたのですが、子どもたちが夢中になって見てくれた。後半の演奏の場面もほんとうに真剣に見てくれていたみたいで、お母さんから『私が少しでも音を出すとシーッとか言われて・・・。ぜひまた復活してほしいです』というお手紙をいただきました。この番組を見ていた子どもたちが大きくなって、デートでクラシックのコンサートなどに出かけることになったときに『あ、小さなときにキーボーズっていうのがいて、なんか見たな』と思い出してくれるといいなと。これは小さなことのようで、とても大きいことだと思います」
☆知っていると知らないではぜんぜん違いますよね。
「ただ、クラシック音楽というのは伝統芸術だから、言ってみればシェイクスピアのようなもので、僕は非常にむずかしいものだと思っています。そのクラシック音楽を一般に紹介するとき今いちばん多いパターンは、まず最初に解説です。しかもわりとキチンと解説してしまう。それなのに、その後実際に聴いてもらう音楽は、ムズカシイからという理由で、曲を抜粋したり、簡単な小曲でごまかしてしまう。でもそれでは曲を聴いたところで内容が薄いし、そのわりにはもっともらしいことを言われちゃっているし・・・一般の方も興味がわきにくいと思うんです。たとえばシェイクスピアだと専門家によるキチンとした解説の後で、ピカチュウが扮した“こども版シェイクスピア”をやっているようなイメージ(笑)。そうではなくて、反対にしたらよいと思ったんです。ピカチュウがまず簡単な解説をする。そして、劇は本物を見せる。その劇を見てもたぶんぜんぜん分からないのだけれど、分からないなりに空気で何かが伝わったり、感じることがあると思うんです。意外におもしろいんだな・・・と感じる方もいらっしゃるかもしれない。劇が終わったらピカチュウが汗たらたらで出てきて『やっぱりわからなかったでチュウ。シェイクスピアはむずかしいでチュウ』とか言ったりしてね(笑)」
☆斎藤さんのコンサートも解説ありで。
「そうですね。じつはピアノマンという格好があって(右の写真)、これでノリノリで解説するんです。『じゃあ、これからピアノ弾いちゃうよ!イエーイ』などと言ってからジャーンとベートーヴェンの“皇帝”を弾くんですが、これがツライ(笑)。弾き終わってから『この格好で“皇帝”弾くのはつらいです・・・』なんて言うと会場にいるお母さんが大爆笑してくれる。体力的にはものすごくたいへんです。命がけです、ホントに(笑)。ただ、入門者向けのコンサートをするということが今の僕の役割なのかな、と思っていますので、なるべくたくさんのこのようなコンサートを開いて、クラシック音楽をたくさんの方に紹介していけたら、自分としてもとても意義のあることだと思っています」
『PIPERS』 1999年11月号 / Zoom up 〜武田忠善(クラリネット奏者)
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(発行:(株)杉原書店/TEL:03−5205−3666)
「ザ・スーパー・デュオ」と題されたこのコンサートでピアノを弾くのは、内外でソリストとして活躍する斎藤雅広さん。
武田さんと斎藤さんは、この数年、お互いをよきパートナーとして、多く活動してきた。
「斎藤さんとやる時は、クラリネットソロと伴奏という感じじゃないんです。お互いがソリストで、まるでジャズのセッションのよう。そのテンションの高さというか、熱さが気の合うところで、いつもとても濃密なライヴになりますね。今回はとくに体力的にはきついけれど、熟したプログラム、斎藤さんとのバトルも本当に楽しみです。(略)」
日本経済新聞 2008年11月21日 ■ディスクレビュー |
実力派ソリストの魅力を存分に 「ザ・スーパートリオ」
ソプラノの足立さつき、クラリネットの赤坂達三、ピアノの斎藤雅広の3人がトリオを結成して5年。赤坂によれば「三者の音域が近いので心地よく響くのか、年に10回のペースで公演を続けてきた」。各地に固定ファンの輪も広がる中、北海道・えべつ楽友協会が江別市民文化ホールでの録音に全面協力、初のアルバムが実現した。「この編成のオリジナル曲ではクラリネットがオブリガード(添え物)になりがち」のため、「カルメン」などのオペラ、「虹のかなたに」などのミュージカル、「アマポーラ」などのラテンの名曲を三者対等のバランスにアレンジしたという。実力派ソリストの魅力を存分に味わえる。
《電子ピアノ》 多機能機種お勧め、店頭で試し弾きを −ピアニストの斎藤雅広氏−
電子ピアノは近年、録音再生など様々な機能を付加した製品が出てきている。特に初心者の場合、多機能機種の方が興味の幅が広がるのでお勧めだ。鍵盤のタッチなどは楽器メーカーの製品に分があるが、好みもあるのでぜひ店頭で試し弾きをしてほしい。楽器はやはり値段と品質が比例する面が強い。多少高くても高機能機種を買った方が、飽きずに長く楽しめるだろう。
日本経済新聞 1999年6月15日(夕刊) ■文化・批評
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《男性ピアニストに異変?》「ビジュアル系」続々
NHK教育テレビの音楽番組「トゥトゥアンサンブル」で主人公「キーボーズ」に扮し、子供の人気をさらった斎藤雅広は十八歳で日本音楽コンクールに優勝した実績を持つ。かつて「芸大のホロヴィッツ」と呼ばれ、現在もソプラノのトコディ、ヤナーチェク弦楽四重奏団など世界の演奏家と共演する名ピアニストだ。それがテレビでは紫色の和服に鍵盤模様の袈裟、五線譜の帯に黄色いめがね、光る髪の毛で喜劇役者顔負けの演技に徹した。
キーボーズは、「子供向けというと手軽な曲目ばかり。それが本当に底辺拡大につながるのか」という斎藤の疑問から生まれた。「曲は正攻法で演奏はまじめ。服と語りだけ、ぐっとくだける」の流儀で企画を練り、NHKに採用された。
「原案は袈裟が風変わりな程度だったが、担当者に『エルトン・ジョンとレイ・チャールズを掛け合わせたノリで』と言われ、こんな姿になった」。局には「一流のピアニストが地位も名誉も捨て、かっこいい」といった手紙が届き、NHK主催でキーボーズ姿での演奏会も全国展開している。
(発行:産経新聞社)
録音しました
《ソプラノの足立さつき、クラリネットの赤坂達三、ピアノの斎藤雅広によるユニークなトリオ》
(斎藤)それぞれがキャリアを積み、その力が集まって音楽の喜びが3倍にも何倍にもなるようにと活動しています。
(足立)赤坂さんの超絶技巧、斎藤さんのゴージャスな編曲と、1人のステージでは味わえない世界があります。
(赤坂)高度な内容を求めながら、心から楽しめる大人の音楽会がモットーです。
《カルメンのメドレーや映画音楽、ミュージカルと多彩なレパートリー》
(斎藤)どんなことができるのかと考えるだけでワクワクなんです。
(足立)面白さはステージでのトークもね。
(赤坂)そう、僕はボケ役かな。
(斎藤)話が平行線になってても、僕なんかズレてすことも分かってない。
(足立)私がどこかで切り出さないと、いつも演奏そっちのけになってますから。
神奈川新聞 1999年7月25日(日曜版) ■今週の人「ピアニスト 斎藤雅広さん」
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(発行:神奈川新聞社/TEL:045−411−2222)
本物の味を伝える
眼鏡の奥でにっこりと笑ったその目には、強い信念が込められている。
NHK教育テレビ「トゥトゥアンサンブル」のメーンキャラクター「キーボーズ」役で、あっという間にお茶の間の人気者となった。子どもたちがリコーダーの勉強をしながらいろいろな音楽に出合っていくという内容の教育番組に、紫色の着物、けん盤のけさ、五線譜の帯に黄色い眼鏡という怪しげな風ぼうで登場。音楽の森の番人役をコミカルに演じる一方で、毎回一流の音楽家たちをゲストに、本格的なクラシックのアンサンブルを聴かせた。
「クラシックは難しい」
キッパリと言う。間口を広げるために分かりやすい言葉で説明を加えることは必要。しかし、聴かせる音楽は絶対にいじらない。子どもだからといって親しみやすい曲を選ぶこともしなかった。
「例えばコーヒー。苦くて飲みにくいからといって、コーヒー牛乳を飲んでいたら、いつまでたっても本物の味はわからないでしょう。だからこそ、本物の音楽を聴いてもらう」
これが信念だ。
「子どもは意外なほどにシビア。自分でもいい演奏ができたと思うと『あのブラームスの曲、よかったね』なんて返ってくる」
2年間にわたって出演したこの番組からはさまざまなことを学び、今年3月に無事大役を終えた。
テレビ出演、ラジオのパーソナリティー、音楽雑誌へのイラストの連載、演奏会の企画や司会、作・編曲、音楽大学での講師・・・。仕事のフィールドはとにかく広い。自作のホームページまで開設している。平均睡眠時間は1日4時間。何でもこなす「スーパーマルチピアニスト」と呼ばれるようになったのは、ここ4、5年のことだ。マルチと言われても、すべての基本はピアノ。現在も、年間約90本の演奏会をこなす。平塚、茅ケ崎、藤沢、横浜と神奈川県内での活動もさかんだ。
オペラ歌手だった父親の伴奏者に手ほどきを受け、ピアノを始めたのは4歳のとき。そのころから、自分はピアニストになるものだと信じて疑わなかったという。18歳で、日本音楽コンクールに優勝、1年後にデビューを果たし、“芸大のホロヴィッツ”と世間を騒がせた。若くしてプロとしての活躍の場を広げていったが、音楽家は報われない職業。多くの犠牲を払ってもなお、演奏を続けていくことが難しい時期もあった。「厳しい世界だけれど、音楽家が百人いれば、百個の個性がある。その個性を好きだと言ってくれる聴き手もいる」
そんな思いが、プロ人生を支えてきた。
「なんとしても、死ぬまで弾き続けていきたい」
もう一つの信念がここにある。この前向きな姿勢こそが、笑顔を絶やさないピアニストの日々の原動力となっている。
公明新聞 2008年12月20日 ■ディスク☆DISC |
ピアノ、クラリネット、ソプラノという意外な取り合わせのトリオがCDデビューした。ピアノ&編曲の斎藤雅広、クラリネットの赤坂達三、紅一点のソプラノ、足立さつきによる「ザ・スーパートリオ」は芸達者な3人の繰り広げる華麗なエンタテイメントの世界だ。1人、2人ではできないことも、3人寄れば一気にここまでできてしまう、というお手本のようなこのアルバムには、カルメン・メドレー、ワルツ・ファンタジー、ラテン・メドレーなどがぎっしり。最後はクリスマス・メドレーで締めくくられ、時節にもぴったりだ。当意即妙なピアノにのせて張りのあるソプラノが艶やかに歌い、ニュアンスに富んだクラリネットがそこに多彩な表情をもたらした。
《デビュー25周年のピアニスト・斎藤雅広に聞く》〜感謝の気持ちを込め、楽しいリサイタルを
“芸大のホロヴィッツ”と称されるほど、若き日から嘱望され匠と至芸を磨き上げてきたピアニストの斎藤雅広が、今年で楽壇生活25周年。今月は記念してニュー・アルバムをリリースし、ピアノ・リサイタルも開催する予定の同氏に話を聞いた。
−25周年を振り返って感想は。
「皆さまの応援のおかげです。ありがたいと思っています。大変な時に、大先輩からさりげなく激励を受けた時もありまして、心の支えになりました。NHK教育テレビ『趣味悠々〜お父さんのためのピアノ講座』出演の際に、視聴者に交えて『ブラボー』とファクスを送ってくださったりとか。今度は私にできることだったら、後輩たちの助けになることをしたいな、と思っています」
−演奏活動で印象深いことは。
「ソロだけではなくて、室内楽や歌の伴奏をしてきたことが、よかったと思っています。いろいろな巨匠たちとも出会えたし、直接吸収できますから。ウィーン・フィルのクラリネット奏者P・シュミードルをはじめ、いい音楽を奏でる人は気持ちのいい人たちなんだな、と感じました」
−ピアノとの出会いは。
「父が子どものころは童謡歌手で、『かわいい魚屋さん』など最初に歌ったようで、その後藤原歌劇団の草創のバリトン歌手になりました。わが家では父が練習していましたし、ピアノの方も見えてましたから、自分でも弾いてみたいと思いまして、4歳の時にピアニストを目指しました」
−これまで、多くのCDをリリースされ、12月18日には「展覧会の絵〜ザ・ヴィルトゥオーゾ」をワーナーから発売されますが。
「はい。今回のCDは往年の名ピアニストV・ホロヴィッツを意識しました。彼の音はぱっと聴いただけで、独特の世界に引き込んでくれるような魔力を持っています。私はホロヴィッツが大好きな気持ちをぶつけて、自分の個性を出してみました。収録したムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』は彼の看板の一つです。ワーグナーの原曲をリストが編曲した『イゾルデの愛の死』は亡くなる直前に収録された曲なので、選曲しました」
−コンサートも演奏だけではなく、トークや衣装などもさまざまな工夫をされて話題です。
「私は、例えば若い人たちがデートのために足を運んでくださったり、年配の方が疲れた時に、気楽に聴きにきてくだされば、と思っています。コンサートもこれまでハプニングもありました。プログラムで、たまたまショパンの『夜想曲』のところを誤植で『夜想局』と印刷してありまして、今日は夜想のツボネを弾きます、と言ってみたりとか(笑)」
−12月22日に東京・紀尾井ホールで開催されるデビュー25周年ピアノ・リサイタルについては。
「節目を迎え、皆さまへの感謝の気持ちをこめて開催します。『展覧会の絵』『月の光』『トロイメライ』などを演目に予定していますが、おしゃべりも入れて楽しくやりたいな、と思っています」
赤旗/日曜版 2008年12月7日 ■NEWディスク |
(日本共産党中央委員会)
伊熊よし子の1枚
さまざまな楽器や声楽によるアンサンブルは、昔から欧米で広く愛されてきた。ヨーロッパの宮廷やサロンで、アメリカのクラブや社交の場などで。しかし、日本ではなかなか自由な雰囲気を醸し出す楽しいコンサートにはならず、デュオもトリオも通常のクラシックの枠をを打ち破ることが難しかった。
ところが、ソプラノの足立さつき、クラリネットの赤坂達三、ピアノの斎藤雅広の3人がその枠を抜け出し、エンターテインメントに徹する上質な演奏を提供する三重奏を結成した。題して「ザ・スーパートリオ」。彼らは各人がその分野での実力派。ステージでは絶妙のトークを交えながら聴衆と一体となり、音楽の楽しさを共有する。
そんな3人のデビューCDが登場。「カルメン」「ポーギーとべス」のオペラメドレーからラテン、ジュディ・ガーランド、クリスマス曲までという多彩な選曲。編曲は斎藤雅広が担当し、3人の超絶技巧や多彩な表現力が堪能できるものに仕上がっている。こういう肩のこらない、心が開放されるような音楽は、まさにインターナショナルな思考に根差すもの。ぜひ海外のステージでも披露し、日本人の外に向かって開かれた心、ユーモア聖心を示してほしい。
(世界日報社)
クラシック界3人のCD「ザ・スーパートリオ」 素敵な大人の音楽会
「カルメン」「ポーギーとベス」のオペラに始まり、ワルツ、ファンタジー・・・、ラテン・・・。クラシック界の三人が、楽しく、明るく、そして、しっとりと聴かせる。
素敵な編曲と巧みなタッチで聴くものの心をくすぐってやまないピアノの斎藤雅広。クラリネットってこんなにも軽快で、かつ大人っぽいのがと気付かせてくれ赤坂達三。この実力派の二人に乗って、時に可憐に、時に艶やかに歌い上げるソプラノの足立さつき。
そんな顔合わせによるCDが「ザ・スーパートリオ」。ジャズ・ピアニストの国府弘子さんは「音楽の完全犯罪」と謎かけのような一言を寄せた(ライナーノーツ)が、鑑賞してみると「素敵な大人の音楽会」と納得してしまう。
ほかに、「エストレリータ」など「星」メドレー、ホフマンの舟歌、ウィーンわが夢の街、「虹のかなたに」などジュディ・ガーランド・メドレー。なじみあるメロディーばかり。そして、昨年クリスマス週間直前のリリースだったせいか、最後に「ホワイト・クリスマス」「そりすべり」「きよしこの夜」のボーナス三曲。全二十五曲の何とも贅沢な一枚だ。
国際芸術連盟会報誌『PAUSE(パウゼ)』 1996年3月号「この人とインタビュー第1回」
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(発行:国際芸術連盟/TEL:03−3356−4033)
★ピアノを弾いていて一番幸せを感じ、楽しいと思うのはどんな時ですか。
「弾いていてというよりは、この職業をしていると人との出会いを大切に感じます。大好きな音楽を通していろいろな人と出会えるというのが、楽しくステキなことですよね。張り合いというより、新しい情報や考え方など、仕事の面だけではなく人生そのものの彩りが増すでしょ。自分のエリアに閉じこもっていると、そこで煮詰まってしまうから、いろいろな人と知り合って刺激されて、またこちらも相手を刺激できるようなパワーを持っていたいと思っています。」
★今までに一番影響を受け、心から重要な出会いだったと思う人は?
「“生き方”というのは自分にとって向き不向きがあるわけで、ある人の全てを・・・というわけにはいかないから、いろいろな人たちの良い部分の影響を受けるという具合です。演奏面でいうと、昔のルービンシュタインなどのビデオが最近たくさん出ていますよね。音だけで聴くよりも巨匠達を画で観るとものすごく説得力がある。こういう人が好きとか嫌いとか決めつけないで、何でもかじってみる。ホロヴィッツが来たら聴くし、フランク・シナトラも聴く。自分自身で垣根を作らないようにして。で、今一番好きな人は、60年に亡くなっているソフロニツキーというピアニスト。ロシアから一歩も出なかったらしい。気まぐれで変な演奏が多いのだけれど、その中にすばらしい群を抜いたものがあるんです。スクリャービンのにおいを感じる、といったような。」
★最も好む作曲家や、作品はありますか。
「フランス近代、フォーレとか好き。民族色の濃いものを弾くと評判がいいですけれど。」
★新しい作品、現代曲に取り組む等は?
「受け皿を決めていないので、良い作品であれば何でもやります。いろいろな国のいろいろな曲を入れ込んで、バラエティに富んだプログラムで皆が聴いて楽しいコンサートを柔軟に考えてやっていきたい。近代・現代も邦人作品も取り上げていきます。」
★21世紀の音楽芸術は、どう変わっていくと思われますか。
「今のクラシック音楽の世界で活躍している中心的な人達と共演していて、カラヤンでひとつの時代が終わったかなと感じます。今はバーンスタインの影響を強く受けていると思うんです。巨匠の時代があって、そこでは個性を出し過ぎていたのが、今度は忠実に再現する、という時代になった・・・。両極端ではあるけれど、両方とも原点を意識しているんです。カラヤンは彼なりの解釈で原点を意識していた。バーンスタインは若い人達を育てた・・・彼の音楽には躍動感がありますよね、ノリを感じさせるようなふつふつとした音楽の喜びがあるんです。」
★巨匠の時代、特殊なものでなく、喜びながら聴いてもらえるような普及の仕方?
「普及面ではそういえると思います。聴衆はSMAPも聴けば、ベートーヴェンもマライア・キャリーも聴く。演奏する方はバーンスタインの影響を大きく受けていて、それが何年か続いたあとで、昔はどうだったのか、原点は?といったところに帰っていくと思います。21世紀は、また巨匠のロマンティックなところへと戻っていくのではないかな。指揮に限らず、歌も、他の演奏においても。」
★ソロ、伴奏、室内楽のどれに重点を?
「気のあった仲間との室内楽が一番楽しい。ソロもあり、歌伴奏や室内楽もあり・・・といった演奏会が好き。ソロが一番大事で、楽しいのは室内楽。何にでもトライしたいですね。」
★若い演奏家に期待することは?
「弾き続けることが大事。辛いことの多い職業なので、休業しても続けること。“やめるな!”としょっちゅう言っています。演奏する場、人前で弾く機会を多く持つようにして、そこに向けて頑張り、緊張感を味わう。そこで初めて具体的なアドヴァイスができるんです。人前に出る職業なので、引込み思案はダメ。狭めず何にでもトライすること。」
★ピアノ以外で趣味は?
「作曲が趣味だったのですが、それが職業になってしまいました。今は人づき合いが趣味。(お酒は飲まないので)おいしいものを食べながら・・・、それも本になってしまった(笑)。」
《インタビュー:国際芸術連盟プロデューサー/渡辺嘉信》
茅ヶ崎市楽友協会『楽友協会だ!より』 No.122,124,125〜「斎藤雅広さんにきく」
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(発行:茅ヶ崎市楽友協会広報部/TEL:0467−82−3744)
4月29日(1997)、トコディと共演するピアニスト、斎藤雅広さんにインタビューしてきた。2月のとある土曜の午後、2時間近くいろいろとお話しいただいた。場所は斎藤さんのご自宅。都心のマンションにお住まいである。玄関を入ると棚の上に小さな招き猫が(扉の方ではなく)部屋の方を向いている。「前に来るはずの仕事がパァになっちゃったので、電話の方を向いているってわけです(笑)」。
☆斎藤さんの名刺には、ピアニスト、作曲家、司会者、編曲家、コーディネーター、イラストレーターと肩書きがズラリと並んでいますが、作曲なさるんですね。
「ええ、します。今度NHKの番組(4月からの新番組「トゥトゥアンサンブル」)をやるので、それに先立って作りますし。昔はピアノ曲をたくさん書いていたのですが、今は小品、たとえばヴァイオリンとピアノのための曲などアンコールピースが中心です。ヴィオラやチェロの小品もあります。仲のいい友達とやったときにアンコールで弾いてもらうんですよ。ヴァイオリンの曲はね「沖縄セレナーデ」といって、沖縄音階を使った曲で、なかなか評判がいいんですよ。初演は千住真理子さんだったんです。こういう作品は、みんな周りにいるかわいい女の子のお誕生日めがけて作るんですよ。だからね、みんなに下心組曲って言われています(笑)。
クライスラーは自分が作った曲を、たとえば「この曲はフォーレが作った曲で・・・」と別の人が作ったかのように発表して、しばらくしてその曲が世の中に行き渡った頃、「これは自分が作ったのです」と言ったそうです。そんなふうにぼくもやれば、出版されて有名になるかもしれない(笑)。」
☆大きな作品、たとえばシンフォニーのようなものは書かれますか。
「いやいや、そんな。昔ねえ、レクイエム作ろうと思ったことがあります。でもね、「レクイエム、エレイソン」・・・あ、こりゃ損だなあ、と思って10小節くらいでやめました(笑)。」
☆イロナ・トコディについて聞かせてください。
「ものすごくいい人ですよ。明るくって、気さくで。本当は神経質なのかもしれませんがそれをこちらには見せませんから。
リハーサルは基本的には、自由にやってくれ、ということしか言わないですね。「もっと自由に、もっと自由に」と。だから、こちらが自由にやればやるほどいいみたい。トコディとはある意味では相性がいいのかも知れません。彼女は音楽としていいものをやろう、という考え方で、自分のブレスがこうだから、ここははやくやろうとか、そういうことは言わない人なんです。「自由に」と先ほど言いましたが、これだってただやりたいようにやるってわけじゃない。こっちが仕掛けたものに対し、向こうが返してくる・・・それに対しこっちがまた返す、というような会話になるわけです。初めて一緒にやったとき(’91年)、「自由にやってください」と言ってくれたのですが、「このへんまでやっていいのかなぁ・・・」と。ところが本番ではもっと自由だったので、「ああ、これはものすごく自由にやっていいんだ」と思いましたね。初めはお互い探り合っている感じだったのですが、2回目の本番では(1回目と同プログラムだったのだが)全然違う伴奏をつけたんです。そうしたらね、パッとこっちを見て、にこーっと笑ってね。それで初めてお互い意志疎通したような。リハーサルでは説明はしてくれるのですが、フルボイスでは歌ってくれないんですよ。どのくらいのばすとか、どのくらいの感じになるのかは、本番になってみないとわからない。今は楽譜をもらうと、ある程度感じがわかるようになりましたが。」
☆斎藤さんは4歳のときにピアノを始めたそうである。父親がオペラ歌手で、伴奏の人が家に来て弾くのを聴いたりしているうちに、ピアノを弾きたいと思うようになったとか。それ以来、ピアニスト以外は考えていなかったそうだが、もしピアニストになっていなかったら、何になっていたのだろう?
「メイクアップ・アーティストかなあ。人を奇麗にしてあげるっていいですよねえ。ちょっとモサッとしていた女の子が「ナオミよ」じゃないけれど(笑)、ものすごく良く生まれ変わったら嬉しいじゃないですか。余裕ができたら、マジで勉強してみたいですよ。別に女の人だけじゃなく、いろんな人のメイクをやってみたいですね。指が少し強いから、あんまさんとかできるんじゃないかと思うのだけど、すぐ痛くなっちゃって長くできないので職業としてはムリでしょうね。」
《インタビュー:茅ヶ崎市楽友協会広報部長/小島昭彦(ようよう ま)》
(発行:毎日新聞社)
音楽コンクールの思い出
日本音楽コンクールは何か人生に思いを残すもの・・・、それほどに大きい。確かにそれは時代によって多少の意味合いは違っていて、現在では平たく言えばレコード大賞の新人賞みたいな感じで、大学受験(高校)後の大きな目標に過ぎないのかもしれない。コンクール自体も多極化し、国際ものから地方ものまで数多く林立している。が、それでも日本音楽コンクールは特別なものである、と思う。それは私が子供の頃には極めて大きな存在であり、雲の上にそびえ立つ大きな門の様なイメージ・・・もし将来自分がチャレンジする事ができたら夢の様・・・そんな感じ。で、ケーラーの小品あたりで田村先生に見込みがないと怒鳴られていたのだが、私は父親が声楽で入選していた事もあり、もし自分が父親と同じく芸大に進むことができたら、ぜひチャレンジしたい等と思っていた。そして参加した第46回は、ピアノ部門久々のコンチェルトという事で、以前の入賞者たちの再挑戦をはじめ、現在第1線で活躍している実力ある面々が終結し、また課題曲がプロコフィエフの第3協奏曲(難曲ではあるがそそられる曲だ)の登場で話題いっぱい、大いに盛り上がった。
第1次予選からリストのマゼッパやスクリャービンの作品42−5等が並び、筋肉や指に支障を起こして断念した人も多かったという。第2次予選はショパンのソナタの第3番だったし良い曲に恵まれて私はとても楽しかった。たぶん多岐多様の現在のコンクールの方が絶対に大変だとは思うが、この様に課題曲が完全にきっちり決まっている事も、それぞれがかなり煮詰めて持ってくるので完成度高く、第1次と第2次の間が1ヶ月空いているというのも、それはそれでみんな同じ条件なのだし、緊張感はより長くストレスも多い。
第1次で最後の出番だったり、本選で会場に急ぐ時にジャイアンツが勝ったというラジオが聞こえてきたり、今は亡き森正先生が本番前に緊張をほぐして下さった事等・・・周辺の出来事もはっきりと覚えていて、青春の大きなモニュメントである。
コンクール運営・審査の在り方や、それを受けるべきか否かについては今後も多く語られるだろうし、主観と歩み方、また色々な事情によって一概に位置しにくい。しかし人間関係の社会に存在する以上、絶対のものはありえないし、時には不公正なものがあってもいたしかたない。そんな中で日本音楽コンクールは、かつてそこをくぐり経験し、結果の善し悪しに拘らず心のモニュメントとして音楽家たちに支えられているからこそ、価値ある特別な輝きを持っているのだと改めて思う次第である。そしてまたあふれる才気を持った若い仲間たちが、私たちと同じ様な希望をもってこのコンクールの門をくぐり、心熱いモニュメントとして支え発展させていく事を、その演奏ぶりで毎年約束しているのだ。
山野楽器クラシック新譜情報誌「Varie」 2001年1月号 J−クラシックスが行く 第7回「斎藤雅広(ピアノ)」の巻
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(発行:山野楽器/TEL:03−3248−6956)
今回のCDは、各地のコンサートでお客様から、その折に演奏したロマンティックなレパートリーや、昨年放映されたNHK趣味悠々「お父さんのためのピアノ講座」での課題曲を是非CDにしてほしいとの声を数多くいただきまして、それにお応えする形でのリリースです。
タイトル「大人のためのピアノ・アルバム」が示すように、内容もゆったりと、構えることなしに、様々な思いの曲が心を満たしていくようになっています。ただ、他の若い人たちのアルバムとは違い、かなり辛口な語り口に感じられることでしょう。癒しの音楽が求められている中、むしろ癒されることのできない思いを描くことで、逆に歓びや哀しみを共有できるのではないでしょうか。自分なりのモノローグを名曲を借りて心置きなく表現していく・・・、昨今の大人のピアノ・ブームも、そんな音楽の楽しみ方と、年齢を重ねた心のゆとりが結び付いてのことだと思います。
演奏家の私達にしても、一心にベートーヴェンやショパンを追及していくことだけではない、自分だけの特別の時間を持つことが必要です。そんな思いがこのアルバムの根底にはあります。
2001年1月24日には山野楽器銀座本店7FJam
Spotでミニ・コンサートを、そして2月2日には山野楽器の有楽町のサロン(交通会館内)で私のサロン・コンサートと大人のピアノ・レッスン・パーティを行います。参加者はそこで挙手いただき、誰でもその場でレッスンが受けられるという面白い企画です。この特別なピアノアルバムとともに、こちらのイベントも是非お楽しみに・・・。
Weekly ぴあ 2002年12月23日号 「2002 Best of MUSIC」
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(発行:ぴあ株式会社/TEL:03−3265−5595)
2002 My Best 5
第1位 ウィリアム・カペル(ピアノ)放送録音ライヴ MUSIC&ART/CD1109(輸入盤)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 (指)レナード・バーンスタイン/ニューヨークフィル(1951)
ハチャトゥリアン:ピアノ協奏曲 (指)ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管(1944)
第2位 プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」全曲 LIVINGSTAGE/LS4035158(輸入盤)
(S)ビルギット・ニルソン
(S)ミレルラ・フレーニ (T)フランコ・コレルリ
(B)ボナルド・ジャイオッティ
(指揮)ズビン・メーター/メトロポリタン歌劇場管弦楽団(1966.12.3ライヴ)
第3位 アルトゥール・シュナーベル(ピアノ)ライヴ!! MUSIC&ART/CD1111(輸入盤)
シューマン:ピアノ協奏曲 (指)ピエール・モントゥー/フィルハーモニア管(1943.6.13)
シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 (V)ヨーゼフ・シゲティ
(Vc)ピエール・フルニエ(1947)
第4位 ナザレの夜〜プーランク:ピアノソロ作品集 BMGファンハウス/BVCC-38170-71
(P)エリック・ル・サージュ
第5位 シューマン:ピアノソナタ第1番&謝肉祭 BMGファンハウス/BVCC-31067
(P)エウゲニ・キーシン
1位のカペルは31歳で飛行機事故で亡くなった幻のピアニスト。魔神の様な伝説の演奏が海賊盤のような形で次々と陽の目を見ているが、今回のものはほんとにすばらしい。もともとレギュラー盤でも残している得意の2曲だが、共演者も大物だしカペルのピアノも冴えきっていて、ただ単に凄いのではなく内容が深いところがにくい。いままでこの録音が眠っていたことが、もう残念でならない。
2位の物は過去にも出ていたライヴソースだが入手が難しく、今回はドイツからのリリースで今年広く流布された。コレルリはいくつもカラフを遺しているが、このライヴが何と言ってもベスト、堂々としてりりしい。「寝てはならぬ」のアリアが大パノラマに鳴り響き感動!1つはフレーニの、主役級に存在感のある重めのリューに影響されてのドラマ作りによるものだとも思う。
3位のものも初リリース。シュナーベルのシューマンは、プライヴェート盤でウォーレンシュタインとの1945年のライヴがあり愛聴盤だったが、今回はより暖かく、ひっそりと美しい。何気ないが叙情的な巨匠の芸が十分満喫できる。シューベルトはフルニエのとても豊かな歌、そして核心をつくシゲティの絶妙なフレージングが、シュナーベルのピアノの上に活き活きと展開される超名演!
4位のプーランクは2500円というリーズナブルな価格にもかかわらず、とても楽しめる1枚。ル・サージュは実は粗っぽい感じのあるピアニストなのだが、ここではその部分がよく曲に還元されて、型にはまらずとてもすてきだ。
5位のキーシン。今現在のピアニストはここまで弾けるんだ!ということを指し示したような1枚。賛否両論あろうし、味わい深い巨匠の演奏とはまったく違うが、ともあれ現代に生きる世代としては必聴である。
ぴあクラシック 2007年夏 Vol.3 「斎藤雅広がたどる ピアノの歴史」
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(発行:ぴあ株式会社/TEL:03−3265−1715)
ぴあクラシック 2007夏 Vol.3
ピアニスト斎藤雅広がたどる ピアノの歴史
今年はピアノが登場してから約300年。そこで、ピアノを愛してやまないピアニスト、斎藤雅広氏に、ピアノという楽器について、またピアニストについて、お話をうかがった。はからずも、今年がデビュー30周年という斎藤氏。自身のこれまでたどってきた道についても、振り返っていただいた。
ピアノはクルマと同じ消耗品
クリストフォリが開発したピアノは、その後、より音量を出す、より音域を広げるという方向で発展してきました。強い響板ができたことによって大きな飛躍を遂げたんですね。でもピアノはどの楽器も湿度に大きく影響を受けるんです。とくに日本は湿度が高いので、その辺りが強いヤマハやスタインウェイが使いやすいわけです。ベーゼンドルファーも良い状態を保つのは難しいし、古い時代にショパンやコルトーが愛用していたプレイエル等も管理は大変です。もちろん演奏面でもです。ピアニストはその場所にあるピアノを弾くしかありませんね、自分の楽器は基本的には持ち歩きません。おまけに色々な表現を求められる現代音楽や、ロマン的な曲でもラフマニノフ等はピアノの極限まで使った作品ですので、アンティークな楽器で演奏していくのは難しい。つまりコンサートには、F1で走れる車のような楽器が必要なんです。昔からのメーカーにはもちろんそれなりの味わいがあって、歴史とともに衰退してしまうのは我々にとっては悲しいですけれど。
ピアノはクルマと同じ消耗品、だいたい10年が限度です。だからリストが弾いたピアノとか、飾っておく分にはいいけれど、それを弾けと言われたら困っちゃう。オーバーホールして、現代のピアノに直さないと使えない。
ピアノ300年の歴史は“失われた歴史”
ピアノの歴史を辿ると言っても、そういう消耗品の歴史ですから、ヴァイオリンのように今も行き続けるものの歴史ではないのです。バックハウスの弾いていたベーゼンドルファーが良い音だといって、今のベーゼンドルファーがその音が出るとは限りません。
また僕たちピアニストは毎日違う場所で演奏するから、むしろ均質なピアノがありがたく、そこで自分の個性を出すようにするのです。昔はメーカーに個性があって、そのメーカーをピアニストが選んでいました。シュナーベルがベヒシュタインを好んだとか言われているけれど、でも今のベヒシュタインとはちょっと違います。たとえ300年前のクリストフォリのピアノが再現されたとしてもね。ピアノ300年の歴史は、言わば失われた歴史で、それが積み重ねられて現代に至っているんです。
歴史的演奏の味わい
日本のピアノ史を振り返ると幸田延や久野久という人たちに突き当たります。その久野久の録音は残っていて、聴いたことがあるのですが、言われているほど自己流のひどいものではなかったです。バリバリと弾いていました。また最近田中希代子さんや原智恵子さんたちの演奏が復刻されていますが、日本人の演奏が決して見劣りするものではなかったという、新鮮な感動を与えてくれますね。
ショパンがまだ存命中に生まれた、フランシス・プランテという伝説のピアニストがいて、大変長生きをしたのでCDで聴くことができます。その同門のルイ・ディエメの門下にあのアルフレッド・コルトーやラザール・レヴィ、イーヴ・ナット等がいる。そのレヴィの弟子が安川加寿子先生、つまり僕達の先生の世代なんですね。
失ってはいけないピアニストの系譜
ディエメの演奏はもしかしたらショパンってこんな演奏をしたのでは?と思わせるような独特なファンタジーを持っています。今は誰もこんな演奏をしません。僕たちに至るわずか4代くらいの間にスタイルが失われてしまったのです。コンクールのせいかもしれないし、同時代の人間に厳しい批評家のせいかもしれません。人間愛を歌いあげる巨匠として知られるエドヴィン・フィッシャーを、当時「機械的で無味乾燥」と言った批評家がいます。とんでもない話ですよね。ベートーヴェンの原典を説くのなら、実際に自作自演が聴けるラフマニノフの演奏はまさに聖書でしょ?それ以外の解釈を攻撃すべきなのに、それはしない。
逆に作曲家の自作自演は珍品扱いしスタンダードと認めないことが多い。おかしいですよ。音楽史の中で演奏史は実際のところ重要で、いつも見失うことのないようにしていないとね。
だから僕は昔の人の演奏をいっぱい聴くんですが、最近は復刻の技術が進んで、今までよりも多く、眠っていた伝説の録音が陽の目を見ていますね。失ってしまったものは、そこから再生させて、私達の世代であっても前の時代から受け継いだ大事なことを、次の世代に伝えていかなければいけないのだと思います。
季刊『ブンカ』BUNKA 2007年 WINTER VOL.27 |
(発行:財団法人 福井県文化振興事業団 福井県立音楽堂「ハーモニーホールふくい」)
斎藤雅広氏が語る ピアノの魅力
演奏のすばらしさはもちろん、チャーミングな人柄で、幅広いファン層と抜群の知名度を誇る斎藤雅広さん。
今年は楽壇生活30周年。記念すべき2007年を締めくくるのに相応しい、豪華なクリスマス・コンサートが、12月24日、ハーモニーホールふくいにて行われます。
独奏はもちろん、室内楽、歌曲伴奏と縦横無尽な活動を展開する、斎藤さんの素顔に迫ってみました。
偉大な父の影響を受けながら自然にピアニストの道へ
父は有名なオペラ歌手。母は女優の卵。そんな二人が出会って結婚し、待ち望まれて、華やかな芸術一家に誕生した斎藤雅広さん。家庭にはいつも音楽があふれ、父を慕う様々な音楽家たちが出入りする中、ごく自然にピアノに興味を持ち始めたといいます。
「今の子供たちは、興味を持つ範囲が幅広い。情報量がとにかく多いですからね。6歳のとき、「笑顔がかわいい」という理由でオーディションに合格し、NHKのピアノのおけいこ番組にレギュラー出演することになり、小学校時代には、午前中は学校、午後はピアノのレッスン。これは学校でもちょっと問題だったんだよね(笑)。でも、父はそれほど僕をピアニストにしたかったのでしょうね」
「のんびりした性格のため、実力的にはやばかった」とはいうものの、「鬼のようなレッスン」を受け、「とにかく芸大に入れ」という父の言いつけどおり、東京芸術大学に入学。18歳で第46回日本音楽コンクールにて優勝し、「芸大のホロヴィッツ」と称されて、国内外の様々なオーケストラとの共演に招かれるなど、注目のピアニストに。斎藤さんの輝かしいピアニスト人生の始まりです。
順風満帆ともいえる斎藤さんの成功の陰には、ご自身の努力もさることながら、類まれな才能を持ち、音楽の世界で活躍を続けていた、父という大きな存在がありました。
「父?もちろん尊敬していましたよ。今も歌われる『かわいい魚屋さん』をレコーディングするなど、子供の頃から童謡歌手だった父は、日本のオペラ草創期に活躍しました。昔の映画俳優みたいな人で・・・。死ぬまで、頭を下げたことがなかった人です。亡くなってしまった今では、一緒に仕事をしてみたかったなぁと思います。でも、父にもっと柔軟性があって、腰も低ければ、という条件つきですが(笑)」
ところが、幸せなときもつかの間。
次々と新しい才能が世に送り出されてくる音楽の世界・・・。斎藤さんにとって、スランプの時期がやってきました。
「天狗になっていたときから一転、仕事もなく、ジリ貧状態になったのです。そんなときに、偉大なるピアノ教育者であるチェルニーの子孫、ハリーナ・チェルニー・ステファンスカ先生のレッスンを受ける機会を得、演奏が認められて先生の家に居候しながら、ポーランドで2年間、音楽を学びました。あくせくしないで音楽にどっぷり浸れる生活は、行き詰っていた気持ちに光を差し込んでくれましたね。ピアノを弾くことが心から楽しく、音楽のよさも再認識できました」
日本に帰国し、どこでもいいから弾かせてほしい、と地道な活動を始めました。なかなか上手くいかず、ピアニストを辞めようかと心が揺らいだとき、覚悟を決めるきっかけになったのが、ピアニストの中村紘子さんからもらった「この世界から、あなたがいなくなっちゃったら淋しいから。頑張ってね」という励ましの手紙だったそうです。
そのうち少しずつ演奏活動の輪も広がり、昔の友人や知人たちも戻ってきて、仕事も軌道に乗り出したのです。
ピアニストになって30年 節目のときを迎えた今
「あまり欲はありません。ピアニストとして演奏活動を続けていけることに感謝しています。1年、そしてまた1年と、できるだけ長く演奏活動を続けていけたら・・・と願っています。大きな目標を持つことも確かにすてきなことだけれど、続けることは、ものすごく難しいことだから」
テレビでもおなじみのユーモアあふれる語り口で、「人生の浮き沈みを全部体験した!」と話す斎藤さん。
ソロ、室内楽、歌曲伴奏などで出演する演奏会はもちろん、テレビやラジオ番組への出演、25枚を超えるCDリリースなど、その活躍ぶりはご存知のとおり。また、斎藤さんの演奏会は、楽しい話術とエンターテイメント性でも、高い評価を得ています。
「今話題の“ミシュラン”だって、三ツ星レストランをおいしいと思う人もいれば、星がなくても好きな店、きっとあるでしょう?音楽も、100人いれば100人の受けとり方があります。でもね、クラシックになじみのない人でも、一生懸命弾いていれば心が通じるもの。コンサートは、人と人とのおつきあいとおなじです。来ていただいたお客様に、より楽しんでいただきたいのです」
その人柄が魅力となって現われたかのように、心温まる斎藤さんの演奏会は、大人だけでなく、子供たちにも人気があります。
「ピアニストを目指しているお子様も、今、たくさんいますよね。ピアノは人生のうるおいであり、心の支えにもなり、すばらしいもの。演奏することも楽しいし、やりがいがあります。でも、プロになろうと思ったときに、強い覚悟が必要です。だって、これだけ努力して、人生のエネルギーをつぎ込めば、他の職業でも何でも成功すると思うぐらい・・・。“パンの耳をかじってでも、ピアノを弾くことが好き”という人にこそ、おすすめですね」
と、優しい表情でアドバイスしてくれました。
豪華メンバーがそろったクリスマスコンサート
12月24日に開催される「クリスマス・コンサート」は、歌とピアノの音色を、より身近に贅沢に楽しめる小ホールにてお贈りします。曲目は、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」より『ある晴れた日に』や、シューベルトの『アヴェ・マリア』など、聖夜を華麗に彩る珠玉の名曲ばかり。
「ハーモニーホールふくいでは何度か演奏しましたが、音もとっても素敵で大好きです。今回共演するバリトンの池田直樹さんは、少し話をしただけでオペラ歌手と分かる、すてきな声の持ち主。さらに、今、イチオシのメゾソプラノ・林美智子さんを始めとする美女4人という、最高のメンバーが集まりました。当日、お子様がいっぱいなら楽しく、ノリよく。“通”の方々が目に入ったなら、しっとりと大人の雰囲気で・・・。どんなコンサートが繰り広げられるのか、当日をお楽しみに!クリスマスイブにお目にかかりましょう」
(発行:ぴあ株式会社/TEL:03−3265−1715)
21世紀に持っていきたいもの
ピアニストですから、ショパンの音楽、ドビュッシーの音楽。スクリャービン、ラフマニノフの音楽。
あと、かに道楽のランチのミニ会席は引き続き味わいたい。
21世紀に置いていきたいもの
戦争、テロはもう終わりにしてほしい。そして名前はだせないけれど、4人の音楽評論家のみなさま。
ぐるっと千葉 2004年4月号 4月から松戸で始まる「ごきげんdeリサイタル!」のナビゲーター・斎藤雅広さん
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(発行:ちばマガジン)
「森のサロンコンサート」でクラシック音楽との新たな出会いを提案してくれた松戸森のホール21で、今年も新たな企画『ごきげんdeリサイタル』が始まる。旬の若手演奏家5人が月替わりで登場するこの演奏会、プロデュース&ナビゲーターを務めるのは、かつては“芸大のホロヴィッツ”、最近では“キーボーズ”としても知られる、ピアニストの斎藤雅広さん。「この人、本当にクラシックのピアニストなの?」と思わせる程に連発されるダジャレの数々、“三食全て外食”というなかで見つけた美味しいお店など、サービス精神に溢れる斎藤さんの話は2時間近くに及んだ。が、インタビューが終盤に差し掛かった辺りで、聞き手にとっては演奏家への信頼につながる、斎藤さんの行動原理ともとれる重要な一言を聞くことが出来た。
『子供や初心者向けのコンサートって多いですよね。あのスタイルって、僕は違うと思うんですよ。ああいう最初の出逢い、つまり、音楽自体がへりくだることで、それ以降に出逢う音楽に共感を抱くことが出来るのかなぁ・・・僕のモットーは、「難しい内容のエンターテイメント」なんです』
斎藤さんは1997年4月から99年3月まで、NHKの音楽教育番組「トゥトゥアンサンブル」で「キーボーズ」というキャラクターを熱演した。紫色の着物に鍵盤模様の袈裟、五線譜の帯に黄色いメガネ、そして髪にはメッシュ・・・そんな出立ちながらも、子供たちのために真摯に取り組む姿は視聴者にしっかり伝わったようで、その後行われたキーボーズとしてのコンサートでは、数多くの子供達がコンサートホールに足を運んだ。
『僕のコンサートに来てくれるお客様の約3分の1はお子さんなんです。そういう意味では、いまは他のジャンルに押され気味のクラシック音楽について、将来の種を蒔いていると思いますよ。確かに、クラシック音楽には、他の音楽ジャンルとは違って、難しいと感じる部分はある。だからこそ、「分からせよう」じゃなくて、ファンになってもらえるような出逢いが大切じゃないでしょうか。「キーボーズ」もその一つなんです』
『例えば、コーヒーを飲んだことがない人に、その味を伝えようとしましょう。コーヒーは苦いからと言って、“配慮”の結果、コーヒー牛乳を飲ませる・・・。子供向けのコンサートで多く見受けられるのは、コーヒーについて説明をした後で、コーヒー牛乳を飲ませるような状況ですね。そうじゃなくて、僕なら、「苦い」「美味しい」などの様々な反応を承知のうえで、まず本物のコーヒーを出す。ダメならダメ、ただし「美味しい」と感じてくれた人は離れないでしょうね』
考えてみれば当たり前であり、送り手と受け手のそのような関係を時代も要請しているかのように思われるが、いち早くそれを実行していた斎藤さんは慧眼の持ち主と言えよう。
なお、今回のリサイタルには、斎藤さんとともに5人の美女がステージに彩りを添える。第1回の4月は同ホールではすっかりお馴染みのヴァイオリニスト・奥村愛、2回目の6月は“異色の芸大生”から“異彩のピアニスト”へと進化を遂げつつある稲葉瑠奈、9月は同ホールでは2回目の演奏となる従姉妹のヴァイオリンデュオ・デュオプリマ、そして11月に行われる最終回はフランスのレコード会社初の日本人専属アーティストでもある、チェンバロ奏者の曽根麻矢子が、それぞれ登場。
『若い演奏家との共演によって、僕自身も想像がつかない僕の展開があるかもしれない。彼女たちの個性、思い、やりたい事を可能な限り全て実現するためのお手伝いをしようと思っています』
Magi 2003年1月号 「斎藤雅広 INTERVIEW」
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――近年は後進の指導にも力を注がれていますが、最近の若い演奏家に対してひと言…
皆さんあまり、思い切ったことしませんよね。冒険しないというか。僕らの世代が若かった頃は、まだ伝説の巨人ピアニストたち…ホロヴィッツもルービンシュタインもバックハウスもまだ生きていて、彼らの表現をマネしたり、(そんなわけはないんだけれども)自分たちもがんばれば彼らのように弾けるかも…なんて思ってしゃかりきにピアノに向かったものでした。今、日本の若い世代には本当に優れた人がいっぱいると思うのに、みんな今ひとつ元気がありません。それが僕としては不満で、若いんだから評価を恐れたり周りの顔色をうかがったりせず、もっとエキサイティングで楽しいことやろうよ!って言いたくてしょうがないんです。確かに、今の若手ピアニストがお手本にしている現役の大御所達は、かつて、審査員席に凄い個性をもったピアニストたちが居並ぶコンクールから出てきた人たちで、そんな場所で、例えばバックハウスにもルービンシュタインにも支持されようと思ったら、メカニック的な正確さで先ずきちんと弾けることが第一だったのでしょう。でも、もうそういう時代じゃありません。特に日本では風当たりが強いかもしれませんが、ピアニストはもっと個性豊かに弾いてもいいんじゃないかって思うんです。
――それで、今回のアルバムでは敢えて、あのような大胆で悪魔的なアクの強い演奏を?
そうですね。でもそのアクの強さこそ、もともと僕が本来持っていた個性で。それがあったからこそ、この25年間演奏家として生き延びてこられたんだと思っています。本当に僕の演奏に対する評価はいつも両極端でした。凄く誉めて下さる人がいるかと思えば、大嫌いだって言われたり。共演者にも、僕じゃなきゃ絶対イヤだって言う人もいれば、その逆も。だから、ずっと自分の演奏をとてもいいって言って下さる人のためにがんばろうって思って今日までやってきました。もういい年ですし、今では周りに合わせる必要もないので、今回は楽しく思いっきり弾いてみました。
――"芸大のホロヴィッツ"と呼ばれていた斎藤さんの面目躍如たるアルバムですね。
でも、もちろんホロヴィッツの演奏とは違いますよ。「ホロヴィッツのような気合いでもって」弾いた、というかんじですね(笑)。最近はホロヴィッツ編のピアノ作品を数多くのピアニストが取りあげていますが、僕のアプローチは彼らの試み程マニアックなものではありません。僕の場合は、純粋にオリジナル。ホロヴィッツへの憧れ、ホロヴィッツが大好きだった自分の気持ちを演奏に託したもの。ぜひ今の若いピアニストたちにも、過去の偉大な演奏家への憧れ、その演奏に挑むようにして向かっていく興奮を、体験してもらいたいです。謙虚なのも結構ですが「自分はどうせこのくらい」じゃあつまらないでしょ。せっかくピアニストを志したのだから、自分が一番巧いぐらいの気持ちで、特に若いうちはね。年と共に自分の力量はわかってくるのだから(笑)。今の僕の方が気持ちの上では全然若いですよ。だから彼らがこのアルバムを聴いて、「何だホロヴィッツのオマージュだなんて言ってるけど、俺のほうがもっと巧いぞ!」って思ってやる気になってくれることを期待したいです。
――25年前に今のご自分ってイメージしてましたか。
先のことはあまり考えませんでしたね。演奏を続けることで精一杯でした。今コンクールの審査員をやっていて感じるんですが、凄い才能にいっぱい出会いますよ。でもその子たちが、例えば10年後にいないとしたら、そんな悲しいことってないですよね。彼らの才能を潰してしまったとしたら、それは僕たちの責任ではないでしょうか。デビューすると演奏だけでもストレスなのにいろいな批評や中傷にさらされますし、中にはとても悪意に満ちたものもあります。そういう邪悪なモノと戦うのも僕たちの役目ですよ。ただ教えるだけの先生に甘んじたくない。若い人たちにエールを贈るような演奏家でいたいです。「少なくてもこれくらいは弾いてご覧なさい、僕のこの演奏を超えてやるつもりで…でも超えられたら、ただじゃおかないよ、こっちはまたその先を行ってやる」…て気持ちでしょうかね。いわばクラシック界の職場改善物語《明日があるさ、斎藤部長は今日も行く!》です(笑)。部長自らどんどん斬新なアイデアを出して若い人を刺激し、社内の旧体制的なものと戦って、風通しをよくする。それによって会社も良くなるし、ひいては自分のためにもなるんだと思っています。
――では最後にピアノ好きな音楽ファンへひと言…
僕自身、とにかくピアノ馬鹿で。そんなピアノ大好き人間が弾いているので、もしちょっとでもピアノが好きな人、興味がある人がいたら聴いてみて下さい。いわば憧れのピアノ曲に僕なりの心意気でトライしたアルバムです。例えば「ラ・カンパネッラ」も決して"奇蹟の…"ではなくて、"普通の…"ですが(笑)、リストの作ったその"普通のカンパネッラ"こそ、超絶技巧の壮絶な難曲だってことを、僕の演奏を聴いてみんながあらためて思い出してくれたら嬉しいですね。
(2002年11月1日ワーナーミュージック・ジャパンにて)
週刊「SPA!」 2001年1月24日号 「突撃SPA!初mono体験隊が行く!」
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(発行:株式会社扶桑社/TEL:03−5403−8875)
指令書「ヤマハがネット上で始める新しい音楽番組のツボをチェックせよ」
ヤマハ「MidRadio」新番組記者発表会〜ピアニストとの連弾もOK!新感覚の音楽番組登場
「ヤマハの音楽配信システムMidRadio(ミッドラジオ)で、新番組『スーパーピアニスト斎藤雅広のいっしょに弾こうよ!』がスタートする。
記者発表会で番組の見どころを探れ」
会場に着くなりソワソワし始めた隊長に、マキ嬢が突っ込む。
「いつもは得意げにうんちくを披露するのに、どうしたの?」
「今日この発表会の中で、国際的に活躍するピアニストが特別に演奏するんだろ。俺、ピアノ弾ける男にはコンプレックスがあってさ」
「隊長と違って育ち良さそうよね」
「うるさい!」
おバカな言い合いが続く間に、会は進行し、いよいよ斎藤氏の演奏が始まった。隊長に声を潜めて尋ねるマキ嬢。
「ねえ、ヤマハのミッドラジオって、そもそも何なの?」
「インターネットの音楽配信サービスサイトさ。ラジオみたいに好きなコンテンツを選んで、曲を試聴したりMIDIデータをダウンロードできるんだ」
「MIDIデータっていうのは?」
「うう、少しは説明聞いておけよ!例えばだな、どの鍵盤をどんな強さで押すかっていうような、演奏情報を伝えるデジタルデータのことだ。音声を送るよりもファイルサイズが断然小さいし、楽器につなげて再生できる。イイ音を手軽に伝送できるデータってわけ」
「じゃあ、この素晴らしい演奏を自宅の楽器で再現できるのね」
MIDIデータで斎藤氏と擬似共演!
マキ嬢の言うとおり、この番組では、斎藤氏の演奏が無料でダウンロード可能。国際的に活躍するピアニストの演奏を手本にできるだけでも十分価値はある。ところが斎藤氏は、もっとエンターテイメント性が欲しいと提言し、番組に遊びの要素も加えたという。
「それで斎藤先生がモデルのキャラクター『キーボーズ』と一緒に旅をして、音楽にまつわるクイズを解きながら悪者を倒していくって設定になったのか。こりゃロールプレイングゲーム風だ」
「物語中で先生と一緒に連弾もできるんですって?」
「先生の演奏がMIDIデータで配信されるんだ。それをパソコンでダウンロードして、デジタルピアノとかで再生すれば、ヴァーチャル斎藤先生が登場ってわけさ。俺もセッションしたいぜ!」
「先生の演奏を聴いたらすっかりその気になっちゃって。ま、30過ぎてピアノ始める男性も多いらしいけどね(笑)」
◎今週の体験結果報告◎
世界的なピアニスト、そしてエンターテイナーとして斎藤雅広氏が全力投球。子供向け番組ながら大人も十分に魅了する要素がある。ピアノ経験がなくてもRPGやクイズが好きな人は必見。なんてったって無料配信中だからね!
※初mono体験隊とは・・・
SPA!の指令を受け、新製品発表やイベントをリポートするために結成された3人組のライター部隊。
週刊「アスキー」 2001年1月30日号 「WAM CIRCUIT」
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(発行:株式会社アスキー/TEL:03−5351−8194)
ネット上のピアノ教室をヤマハが無料配信
http://www.midradio.ne.jp/
ヤマハは、親子で楽しめるネットピアノ番組『スーパーピアニスト斎藤雅広のいっしょに弾こうよ!』の無料配信を音楽コンテンツ配信サイト“MidRadio(ミッドラジオ)”で開始した。
NHK教育テレビの番組『トゥトゥアンサンブル』(’99年3月まで放映)で“キーボーズ”というキャラクターで知られている、ピアニストの斎藤雅広氏を迎え、ゲーム感覚で音楽の知識を学べる内容となっている。
毎月1話追加されていく予定で、第4話以降は、斎藤氏との連弾が可能になる。
(発行:小学館)
NHK趣味悠々〜秘密のテクニックを教えます! かっこよく弾く、かんたんピアノレッスン(全14回)
秘密のテクで、プロ並みの演奏を実現?
ピアニストの斎藤雅広を講師に迎えた、初心者向けのピアノレッスン番組が登場。ピアノを演奏するうえでビギナーが陥りがちなジレンマを、斎藤がスマートに解決していく。課題曲は、一度は弾いてみたいクラシックの名曲や、「瞳をとじて」「ジュピター」ほかのポップス、「酒と泪と男と女」といった懐かしの歌謡曲など幅広いジャンルの楽曲。譜読みが苦手な人にもわかり易いように、レッスンにはすべてハ長調にアレンジした楽譜を使用する。簡単なアドリブソロを効果的に弾くだけで、不思議とかっこよく聞こえる“秘密のテクニック”も伝授。視聴者といっしょにレッスンに取り組む、テレビ司会&ピアノ初挑戦のマラソンランナー・谷川真理が、最終回の発表会までにどこまで上達するかも見どころのひとつだ。
さくら通信 2002年1月号 「インタビュー・私の中の日本とアメリカ」 第4回
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(発行:さくら協会/アメリカ・ワシントンDC)
斎藤 雅広さんに聞く ―スーパーマルチピアニスト―
斎藤雅広さんはこれまでも「芸大のホロヴィッツ」に始まって「スーパーマルチピアニスト」「モーツァルト以来の天才」などと騒がれてきたが、デビュー25周年を前に円熟した「大芸術家」としてのイメージがようやく世間に定着してきた。とにかく変幻自在の不思議な人である。子供にはギャグばかり飛ばしているけど妙にピアノが上手い「キーボーズ」(子供向け音楽番組で知る人ぞ知る)、女学生やOLにはファンクラブで追っかけの対象になるタレント、中高年にはNHKで難しい音楽を優しく指導してくれる憧れの「ピアノの先生」、クラシック愛好家にはライブコンサートで汲めど尽きない才能で心を揺さぶり捉えて離さない麻薬のようなヴィルトゥオーゾ演奏家、共演者にとっては頼りになる臨機応変のスリリングなパートナー、どちらかと言えば口下手が多い同業者にとってはあらゆるメディアを駆使してクラシック音楽を伝道してくれる仏のように有難い存在、プロデューサーにしてみれば打てば響くアイデアの小槌と、とにかくなんでもあり。私は時々、アインシュタインの脳みそが常人より大きかったかどうかを知るより、この人の頭の中を割って見てみたい衝動にかられる。
この日のインタビューでは、日本列島を縦横に走る超人的スケジュールの中、唯一空いていた貴重な2時間を、素敵なマサヒロスマイルで割いてくださった。 (聞き手:種子島
美加)
種子島:先生の素晴らしい音楽を一度是非ワシントンの人々にも聞かせていただきたいと思います。
斎藤:そうですね、25周年ということもあり世界情勢さえ安定しているならアメリカあたりで大きくやりたいところです。ただ今月もイギリスで予定されていたコンサートがあちらからキャンセルされてきたりしています。アメリカでやるなら、テロで大変だった現地の方たちをお慰めできるような懐かしの歌や、日本の子供たちも舞台に上がってもらって日本の四季の歌などを一緒に歌う「みんなで歌おう」という子供向けのコンサート、私が作曲した「セロ弾きのゴーシュ」をまた書き直したり、日本舞踊を紹介できるように「かぐや姫」を題材にしたものや、トーク&ジョーク入りのコンサートなど手がけてみたいですね。
★音楽家のコミュニケーション能力★
種子島:ハンガリーの名歌手トコディが、先生のハンガリー歌曲のあまりの上手さに、サイトーはハンガリー人の祖先がいるに違いないと言ったと聞きました。先生は世界中の一流音楽家と共演されていますが、リハーサルはやはり英語ですか。
斎藤:はい、それと超能力です(笑)
種子島:(笑)でも確かに、音楽家には言葉を超えたコミュニケーション能力が備わっていますね。
斎藤:おっしゃるとおりです。日本コンクールで優勝してから芸大を卒業後、ポーランドのチェルニー・ステファンスカの内弟子に入って2年間学んだことがありました。大音楽一家の彼女の家にはリストなど才能ある人を自分の家に招いて、全くの無料でレッスンをする伝統があるんです。その時毎日のようにポーランド語で言われたことがありました。ピアノを弾く人には4種類いる。コンクールを受けるために頑張っているのは学生、職業のためにピアノを弾くのはピアニスト、ベートーヴェンをどう弾くか研究しているのは音楽家。そして芸術家は、みずから創造し、それを人に与える。マサヒロ、お前は芸術家にならなければならない、と。ポーランド語はちっとも知らなかったけれど、あとで日本語学校の先生に聞いてもらったら、全て思っていた通りでした。
種子島:クラシック音楽家を国や企業などがパトロンとなって育てていこうという動きが日本には足りないと思いますが。
斎藤:それにはもっともっとクラシックがみんなに人気が出なくてはいけません。日本の楽壇にも権威主義的で閉鎖的なところがあって、これがもっと活性化しなければいけません。それには音楽家みんなが使命感を持って協力し合って、クラシックの間口を広げてゆく必要性があります。
★「キーボーズ」の真の狙い★
種子島:斎藤先生といえばお茶の間の話題をさらった「キーボーズ」を抜きにしては語れませんが、それにしてもあの紫色の着物、けん盤の袈裟、五線譜の帯に黄色い眼鏡というのは奇抜ですね。
斎藤:あれにはバリエーションがあって、「キーボーズ・メキシカン」と「キーボーズ・アメリカン」というのもあるんですよ(笑)。子供向けのコンサートをやっている経験からいうと、うまく持っていけば、子供にも静かにクラシックの名曲を聴いてもらえることもよく分かりました。
コーヒーを飲んだことのない子供にコーヒーは苦くてまずいと思われると困るのでコーヒー牛乳を飲ませるのではなく、コーヒーが苦いことや、コーヒー豆の種類にもいろいろあるということにざっと触れて、とにかく本物の良いコーヒーを出すんです。「苦いけれど飲んでみましょう」といっても、「苦いから飲みたくないな」というでしょう。実際に飲んでみて「ああ苦い」でもいいんです。本物のコーヒーを飲むことで本物の味がわかるのですから。で、みんなが苦いというわけでなく、中には苦いけれど、いい香りだとか、おいしい味がする、と思うようになる人がいるはずです。クラシック音楽を分からせるというコンサートではなく、将来的に本当のクラシック・ファンを生み出すようなコンサートがしたいんです。
昔、キーボーズというのがいて、ちょっとでもそういう音楽に触れたという体験があれば、少しは関心を持ってくれるんじゃないかな、とりあえず行ってみようと思ってくれるんじゃないかなと思っています。
種子島:これからの展望のようなものをお聞かせください。
斎藤:これまでと変わらず常に質の高い演奏を目指して頑張っていきたいです。やりたい音楽でいえば、ショパン、シューマン、リストは好きだから、一生弾いてゆくでしょう。奥も深いし、また毎回違って弾けるところもありますよね。よく言うんですけれど、クラシックは落語みたいなものだと。「寿限無、寿限無」は誰がやっても同じ部分はあるけれど、でもちょっとした話し方、ニュアンスの違いで、また話す人のその時の調子でも違いますよね。そういう細かい差を楽しめるものだと僕は思います。
種子島:ピアノを学ぶ方たちにおっしゃりたいことはありますか。
★音楽は素敵だ★
斎藤:大胆な演奏をするには大胆な生活を、人に好かれる演奏をするには人に好かれるような生活をすることです。生活信条と演奏というのは密接に結びついていて、これが乖離していると必ずどこかでいつか無理が出ます。
それから、とにかくやめないで続けてください。才能がないわけじゃないのに、プロとしての活動を諦めていくたくさんの若い人たちを見るにつけ、アイデアを持って、生き残ってほしいと思うんです。音楽家は報われない職業で、私にも演奏を続けていくことが難しい時期もありました。でも音楽の悩みは全て音楽によって解決されます。辛い事もありますけど、ぜひ一緒に頑張りましょう。なんせ音楽は素敵なんだから・・・。
種子島 ありがとうございました。
《インタビュー:さくら協会/種子島美加》
*この記事は在米日本人のための会報誌に掲載されたものです。種子島さんのご協力で掲載させていただくことができました。英語版はINTERNATIONALページに掲載させていただいております。種子島さんにはこの他、英文資料等もご提供いただきました。この場をお借りして心より感謝を申し上げます。
銀座十字屋通信 2006年Vol.9 「十字屋午後のサロンREPORT」 水無月の章 vol.90
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(発行:銀座十字屋)
斎藤雅広さん(ピアノ)*松井菜穂子さん(ソプラノ)
斎藤さんの登場時のしぐさから笑いがおこります。「モーツァルトが亡くなった時は貧乏で共同墓地にウィーン第3等級の埋葬をされました。父は3年前に亡くなり、モーツァルト家のお墓はあるのに、モーツァルトはそこに埋葬されず、悲惨な感じです。当時音楽のほうは売れっ子でしたが、賭け事が好きで、本人に死ぬつもりは全く無い状態で亡くなっている様子です。我々が思っているより普通の人だと思います。「アマデウス」という映画以来、“ワーァーッ”という感じ。(と斎藤さんがおどけて見せて、笑)子供の頃から有名で、英才教育をされていたことは有名です。昔、モーツァルトは「オペラの母」、ヘンデルは「オペラの父」といわれ、基本的にはオペラの作曲家でした。当時音楽の中心はイタリアで、モーツァルトは貴族にも民衆にも気にいられるために音楽を書いたことが曲から感じられます。
ピアノソナタ第2楽章を斎藤氏がピアノの弾き比べで披露。同じ曲でも全く違う曲のよう。童心のイメージで弾く(可愛いあどけないイメージ)オペラのように弾く(ロマンティックなイメージ)。
(中略)
第ニ部は、もし、モーツァルトが生きていたら、その仮説にたった演奏が行われました。当時、楽譜どおりに演奏しないという風潮があり、現在、楽譜どおりの演奏が行われることに少し疑問もおありのようす。「ピアノソナタKV332」に2通りの楽譜が残っているので、それを下敷きとして、斎藤氏がアレンジした曲を2曲・・・これが和風モダンと素晴らしくロマンティックな曲に仕上がっていました。(略)モーツァルトの語り尽くせぬ魅力をまだまだ斎藤さんはご存知のようでした。
(発行:日本ギロック協会)
●月並みですがギロック音楽と出会ったきっかけは?
初見の練習で使いました。でも良い曲過ぎて初見の勉強にはなりませんでしたね(笑)。心の中で歌ったメロディだから先が読めちゃうんだよね。1日1曲の予定が30分で1冊終わっちゃって(笑)
●ギロックの音楽はほほえみかけていますからね、ギロック音楽をまるで絵でも見ているように表現できるようになったら最高ですね。
確かにそうだよね。でもイメージを音にするのには、やはり技術と基礎力がいる。よくギロックを持ってレッスンに来る子の中にいる「基礎力をつけることも練習も嫌で、先生もしょうがなくて弾かせている」ようなのは残念だと思うんだ。良い曲なんだから良い曲に弾く義務があるよ。気持ちとイメージだけで弾かせるのはやはり「禁じ手」です。そういう意味ではボクのテレビの趣味講座だって、本来のレッスンではない。だからこそなるべくプロが踏むような細かいペダルや、フレージングの弾き方にまで言及していて妥協しないの。
●なかなか厳しいというか、ちまたのレッスンの子供たちの現状を考えると一概には言い切れないようにも思います。
ですね。でも僕は脱落者を救済しない主義。怒ったりしないけど「やめた方がいい」とはすぐ言う(笑)。それは純粋に親切な気持ちで。音楽を志すことは大変だし食べても行けない。特に男の子に人生を勘違いさせるのは罪だと考えます。僕だってピアニストになるための努力を以てすれば、どんな医者にも弁護士にもなれたって思うしね(笑)。だから「音楽を大好きにしてあげたい」というギロックさんのスタンスとは逆かもしれません。ピアノはもともとピアノが好きな人に向く、だから練習の過程が苦痛にならない。さらにその出来上がっていく過程にあっても、自分がその上に立ってコントロールしている意識が存在していないとなかなかつらい。ピアノを弾く行為自体は楽しいものではないんですよ、そこに付加価値が加わって、壁を越えたレベルにならないとね。「美味しんぼ」というアニメの「サラダ対決」で、「ドレッシングがたくさん売られているのを見て、どう思う?」という場面があります。何だと思います?「結局人間は生野菜に味をつけたい。生野菜そのものは嫌いなんだ」ってね。ギロックも「自分の作品でピアニストになったような気分にしてあげたい」と言っていますね。それは「ピアノを弾く行為が楽しいわけじゃなく、芸術に触れた瞬間、上達したその時が楽しいのだから」という暗示ですよ。でも本当は実際にはそうなってないのに、それに近い気分を味合わせるというのは、ある意味残酷。幻は幻だから。音符が読めないのにピアノが弾けたみたいな(笑)。あとアニメの中の女の子と恋愛するとかね(笑)。「美味しんぼ」では「生で食べてもすばらしく美味しいトマト」を出して解決するんだけど、ピアノだって本質的なことを勉強させなければ何も解決しない。だからこそギロックは自分の作品を謙虚にも「補助教材だ」と言っていますよね。やはりバッハ、モーツァルト等を嫌でもしっかり勉強させないと、一番大切なフレージングが身につかない。子供の頃から叩き込むべきものです。逆にそういう基礎のある子はギロックも驚くほどうまいし、本当の意味で楽しく弾いてる。ギロック自身も「アクセント・オン」の中で、音楽的な教養を身につけられるようなエッセンスを、うまく組み立てて打ち出しています。でもそれはやはり導入なのですから、絶対に本編を見失ってはいけないと思いますね。
●きっと先生の発言は一石を投じるというか、ショックを感じる方々が多いかもしれませんね。
だってギロック協会なんだからさ(笑)、いろいろな考えに出会い真剣に話し合うことは大切だよ。常に刺激があった方が良いと思いますよ。だってボクだってギロックは大好きです。CDにも入れてますよ。でもせっかくの曲を無気力に弾く子供たちにうんざりなんですよ。湯山昭とギロックを持ってくる生徒だと疑ってかかる、で、案の定ひどい演奏。これこそショックじゃありませんか(笑)
●なるほどね。では視点を変えて、先生ご自身が演奏しながら感じるギロックの世界を教えてください。コツでも良いです。
コツですか?一言で言えばメロディと伴奏とのバランス感でしょうね。ここがなるべく立体的なほうが良い。それからギロックは元曲があるものが結構ありますよね。例えば「ワルツ・エチュード」。悪いけど、感じがラフマニノフの2台ピアノのワルツとほぼ同じ曲でしょ。でもなかなか子供がラフマニノフのワルツを聴く機会も無いから価値はある。そういうものはぜひ原曲を意識して弾くべきだと思いますね。ウチのお弟子はみんなアルゲリッチ&フレイレのラフマニノフに負けじと弾いてきますよ。その方が俄然楽しいし、訓練にも効果大です。またイメージを大切にしつつ、イメージに頼りきらないこと。「水の流れ」「空を飛ぶ」「妖精と話す」等々、表現とテクニックが無ければ、それはただの妄想で終わってしまうのです。せっかくのイマジネーションを無意味な空しいものにしないような多角的な練習が、根本的に必要だと考えます。
●私はCDの中の「アップタウンブルース」を聴かせていたいたときに思わず楽譜を出してきて、演奏と譜面と照らし合わせたんです(^^;)。
知っている曲なのに、弾いたこともあるのに同じ曲とは思えなかった…
だってアドリブで弾いてるんだもん(笑)。大人が弾くとき、特にポピュラーっぽいレパートリーには、そのぐらいの自由さとアイデアがあって良いと思いますよ。イメージで弾くというより自由に弾くという事の方が、より創造的です。特に大人やピアノの先生が弾く時は、当然ほかの誰とも違う個性・語り口があってしかるべき。そこで初めて芸術性が生まれてくるわけです。人気があるみたいだけど「雨の日の噴水」という曲。誰が弾いてもきれいに聴こえるというか、イメージが限定されるし、もともとテンポや歌いまわしに独創性を織り込みにくい曲です。だからこそよくできた曲だ、完成度の高い曲だという人もいるでしょうし、だから子供の発表会にも向くとも言えそう。でもボクはそういう曲は弾かないし興味がない。例えばショパンのマズルカのように、独創的で表現のパレットの色がいっぱい隠されていて、時には謎めいていて・・・・そういうものに魅力を感じます。だからタイプとしては「なつかしいバレンタイン」みたいなの。どんなアプローチでも弾ける曲です。10人いたら10の違ったエピソードになりえるわけです。そういう種類の曲もいっぱいありますね。
●なるほど、それで異空間にいるように思えた。。。
ボクはギロックが大好きですので、教育の末端で「困ったチャン向け」の「逃げ」のレパートリーのようにされているのが、嫌なんですよ。ぜひ協会の方には楽しさだけではなく、もっと実のある部分やメソードも強調して布教していただきたいと思うわけです(笑)。メル友のウララ・ササキさんもギロックの有意義な講座をやりつつ演奏会してますね。ボクも子供のためのコンサートが多いので、大いに活用したいと思ってるんですよ。先生としては当たり前ですけど「ピアノの先生は伝統の番人である」ことを常に自覚して、ギロックを持ってくる子供達にも正しく接していきたいと思っています。
●それはとても楽しみです。今日は突っ込んだお話で考えさせられました。またぜひ登場してください。ありがとうございました。
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