主な共演邦人アーティスト

発行:株式会社 中央公論新社

2008年12月号 「ザ・スーパートリオ」



2008年12月号(p.82)「ザ・スーパートリオ」

名人芸で競い合う 波長の合った三人の共演


 さまざまな楽器の組み合わせで音楽が楽しめる「アンサンブル」は、昔からヨーロッパの貴族や上流社会のサロンなどで頻繁に行われてきた。そこでは即興演奏が飛び出し、作曲家の新作が披露され、またこうした音楽会は、人々の交流の場−−−社交場としての大切な役割も担っていた。
 アンサンブルとは、「共に」という意味で、二人以上の重唱または重奏を指し、声楽、弦楽器、管楽器、打楽器など多種多様な組み合わせが可能となる。ただし、そうしたさまざまな楽器の共演が可能な作品は限られているため、原曲にアレンジを施す必要が出てくる。それを朝飯前のようにやってのけるのが、ピアニストの斎藤雅広。東京藝術大学在学時代には「藝大のホロヴィッツ(20世紀を代表するロシア出身のピアニスト)」というニックネームをつけられたほどの腕前で、いまやピアニストとして、作曲家として、編曲家としてマルチな才能を発揮。テレビでもユニークなキャラクターを前面に出し、人気を集めている。まさにエンターテイナーである。
 そんな斎藤雅広のピアノにほれ込んで「ぜひオペラ・アリアや歌曲での共演を」と願い出たのがソプラノ歌手の足立さつき。二人は何度か共演を重ねるうちに、「もう一人加えてトリオをしたいね」ということに。そこに颯爽と現れたのが「クラリネットの貴公子」と称される赤坂達三。斎藤と赤坂は何度も共演している仲。すぐに息の合った「アンサンブル」が生まれることになった。
 足立さつきはミラノ留学後、オペラと歌曲の両面で活躍。デビュー20周年を過ぎて声が成熟し表現が豊かになった。赤坂達三はパリでj研鑽を積み、現在は幅広いレパートリーを誇るクラリネットの第一人者といわれている。
 「三人のキャラクターがまったく違うんです。斎藤さんはジョークやだじゃれ連発で、いつも笑わせてくれる。ステージでもよくそこまで、と思うほど楽しいアドリブが次々に出てくる。お客さまがおなかを抱えて笑うような、本当に楽しい雰囲気のコンサートになっているんですよ。そのだじゃれの嵐を受ける赤坂さんは、一歩店舗がずれる。ツッコミとボケの感じで、これが絶妙。私はいつも大笑いしてしまいます。ときには声がつまって歌えなくなってしまうほど・・・・」
 こう語るのは足立さつき。エレガントな容姿と透明感のある美しい声の持ち主だが、茶目っ気もあり、ジョークの受け流しも堂に入ったもの。紅一点、華のある存在だ。
 「僕たち二人が音楽をさまざまな形でもじったトークでふざけていると、次第に足立さんが怒りだす。それも本気で。次が歌えないじゃない、と鋭い目線が飛んでくるんです」
 赤坂達三がいかにも怖い、という表情をして肩をすぼめる。それを受けて、また斎藤雅広がタイミングよくひとこと。
 「怒ったな、と感じたらすぐに僕がピアノを弾き出して、さらりと次の曲に進めてしまう。そのころあいが大切なんですよ」
 そんな上質な掛け合い漫才のような雰囲気を醸し出している三人だが、演奏は実力を存分に発揮するもの。彼らのトリオの名は、「ザ・スーパートリオ」。ジャンルを問わず、そのなかで最大限名人芸を発揮する。その思いが結実したデビューCDがお目見えした。
 まずは、多くの人に愛され、つい口ずさみたくなる《カルメン・メドレー》からスタート。息の長いクラリネットの調べとかろやかでリズミカルなピアノ、オペラティックな歌唱があいまって聴き手を一気にトリオの世界へと引き込む。続いて《ポーギーとベス》、ワルツやラテン音楽へと進み、ディズニーやジュディ・ガーランドのメドレーが挟み込まれ、最後はクリスマス・メドレーで幕を閉じる趣向。楽しいステージを聴いたような気分になり、心が温かくなっていることに気付く。これこそ「アンサンブル」の醍醐味ではないだろうか。日本ではこうしたユーモアとウィットに富んだ演奏会が育ちにくい。実力派の彼らこそ、それを打破する存在になってほしい。