主な共演邦人アーティスト

発行:産経新聞社/TEL:03−3231−7111

2008年11月号 私の一冊
2007年12月号 東京発
2003年2月号 立ち話
2000年3月号 Tokyo IN OUT



2008年11月号(p.160)私の一冊

あの日 あの本・立原道造詩集
ピアニスト斎藤雅広  自然な音楽的筆致で綴られた 夢見るような世界に強く惹かれた


中学の頃までは読書の時間がたくさんありました。アンデルセンの「絵のない絵本」、柴田錬三郎の「眠狂四郎」、福永武彦の「忘却の河」など、虚無的な雰囲気の漂う作品が好きでしたね。
 芸大の付属に進学してからは、よく合唱の指揮をしていて、日本の合唱曲もとりあげましたが、そこで出会ったのが立原道造の詩でした。それまでは日本人の詩って、ピンと来なかったんですよ。欧米人のようなことを日本人が言っても様にならない、という偏見があって。ところが彼の自然な音楽的筆致で綴られた夢見るような世界には、強く惹かれました。
 今読み返すと多少ぎこちないところはありますけどね。それもそのはず、道造が亡くなったのはわずか24歳のとき。恋の詩も書いているけれど、本当の恋を知ることはなかったのかもしれない。色々なことを夢見て書いた、青年の詩だったんですね。
 その後大学1年でデビューして、思うように本を読む時間はなくなっていきました。
 今から2年前、自宅近くの東日本橋を歩いていたときのことです。ふと、三善晃さんの合唱曲「3つの抒情」の1曲目にもなっている、彼の「ある風に寄せて」という詩の“おまえのことでいっぱいだった西風よ”という一節が頭に浮かびました。道造が好きだったことを思い出し、家で本を開いてびっくり。1ページ目の彼の写真の下に「浜町公園にて」とある。うちのすぐ近所なんですよ。よくよく調べると道造は東日本橋の出身。きっと「おいおい、君は僕の詩を好きでいてくれた人だね」と話しかけてきたんでしょう。それ以来、「今でも道造の魂はこの界隈にあるんだなあ」と思っているんです



2007年12月号(p.109)東京発

斎藤雅広がデビュー30周年記念コンサート   多彩なゲストと賑やかなフランス音楽の夕べ

華やかさのある卓越した技巧と広壮なレパートリーを誇り、テレビの入門講座などでも知られるピアニストの斎藤雅広氏。10月3日、東京・上野の東京文化会館でデビュー30周年記念コンサートを開催した。
  愉快な話術でも人気の才人は「いろんなお客さまを迎えて30周年を一緒に祝いたい」と、お祝いのステージにはクラリネットの赤坂達三、ソプラノの足立さつき、ジャズピアニストの国府弘子にフランスからドビュッシー弦楽四重奏団ら旧知の音楽仲間が集まり、フォーレ、ドビュッシーなどの典雅な音楽が次々と奏でられる。
 ともに「小心者で緊張する」というヴァイオリンの高嶋ちさ子と話芸の達人対決で場内を沸かせたのをはじめ、共演者とマイクを取っては会場は笑いの渦。楽しい雰囲気でコンサートを進めながら、メゾ・ソプラノの林美智子にプーランク、バリトンの宮本益光にラヴェルに初挑戦させて充実の演奏を披露するなど、十指に及ぶゲストと音楽の可能性の探求にも懐の深さをうかがわせて、充実ぶりを披露した。



2003年2月号(P130〜131) 立ち話

テレビやステージで披露する華麗な演奏とコミカルな演技で人気が沸騰した。ソロ活動はもちろん、内外の一流どころとの共演でも強靭なテクニックと豊かな音楽性で聴衆を魅了、ディスクを発表する度にセンセーショナルなまでの話題を提供する。昨年はデビュー25周年の節目を迎え、記念のアルバムにコンサートに獅子奮迅の活躍をみせたが、ピアノに対する深い愛情は時を経るごとにさらなる高まりを見せている。

●…デビュー二十五周年だった昨年は年末に「ホロヴィッツヘのオマージュ」といったメッセージを込めたアルバムをリリースしました。

私たちの若い頃は今のように情報が溢れているような時代ではなく、魔術師のようなウラディミール・ホロヴィツツやアルトゥール・ルービンシュタイン、ロマンチックな演奏を聴かせるアルフレッド・コルトー、崇高な威厳をたたえたヴィルヘルム・バックハウスといった伝説の巨人がまだ存命中で、自分たちはいつかは彼らのような存在になれるのではないかと考え、日夜ガンガンとピアノを叩いていました。
それから時間が流れ、大人になっていくうちにピアニストとしての自分の器を知るようになりましたが、彼らとの距離に落ち込むどころか、その芸術の素晴らしさを再確認し、以前にも増して音楽が好きになってしまうくらいです。今でもドキドキするような憧れの気持ちを、このアルバムに改めて表してみたいと考えました。

●…そう言えば、ご自身も学生時代は”芸大のホロヴィッツ“の異名をとっていましたね。

ホロヴィツツのようになりたいというのはクレージーでスリリングな妄想ではありましたが、音の一つひとつが意味深く、想いが込められているピアニストはホロヴィッツが一番かもしれません。
最近は若いピアニストがホロヴィッツ編曲の作品を手掛けることが多いようですが、技術的にはホロヴィッツを超えていても、ホロヴィッツの魔力には誰もかないません。ましてや私のようなオジさんピアニストの出る幕でもありません(笑い)。
でも、音楽が好き、ピアノが好き、ホロヴィツのような魔術師のようになりたいというのは誰しもが憧れに抱くことですし、若い演奏家が私のアルバムを聴いて、自分の方が、と発奮してくれればいいのではないでしょうか。「ホロヴィッツへのオマージュ」というメッセージを越えてね。

●…若い世代に対する想いも込められているわけですね。

コンクールの審査員などを務めていて、技術も音楽性も本当に優れた人材がいながら周囲の評価などを気にするあまり、思い切った演奏をできないでいることが多いようです。本当に才能のある人間は繊細で傷つきやすく、何か一撃を受けただけですべてを失ってしまうナイーヴさをもっています。それは私たちの世代にもあり、豊かな音楽を奏でることができるのにステージから去っていった人物を数限りなく見てきました。
「ラ・カンパネッラ」をアルバムに入れましたが、これは大ピアニストのリストがパガニーニのとてつもないヴァイオリンを聴いて、「世の中にこんな凄いものがあるのか」と作曲したものです。ゆったりとしたテンポでアルバムのタイトル通りに奇跡のような感動をもたらす演奏も本当に素晴らしいし、それ以外のアプローチで素晴らしい録音もありますが、この作品が本来あるべき決しておセンチではない、超絶技巧の物凄さを推しだして、憧れのような気持ちを改めて感じさせるような演奏を心掛けています。
ちょっとやそっと叩かれてもビクともしないオジサンが派手なことをやって、若い人が「じゃあ、私も」と思って頑張ってくれればいいんです。これはエフゲニー・キーシンのような宇宙人的な完璧さではダメなんです(笑い)。
今の若い世代は本当に優れた人がたくさんいる。そんな人たちが十年後、誰も残っていなければ、それは私たち大人の世代の責任です。「若い凄いのが出てきた、それじゃ私も頑張ろう」。それが健全な競争意識です。「明日があるさ」の映画みたいに中年が自分の足で営業して、上からの締め付けも跳ねのけて頑張ると若い人がついてくる。とてもいいじゃないですか。「斎藤課長は今日も行く」、そんなノリなんです(笑い)。

●…アルバムに収められた「展覧会の絵」は彫りの深い演奏が印象的です。

実は・・・、この曲をまともに全曲弾いたのは、今回の録音が初めてなんです(笑い)。ご存知のように作曲者のムソルグスキーはロシア五人組の一人ですが、彼らのほとんどはアカデミックな音楽教育を受けていません。それだけにロシアっぼい雰囲気のある作品で、「古城」など本当にオカルトのような世界が広がっています。「バーバヤーガの小屋」にしても、キーシンなら若くて地球を真っ二つに砕いてしまいそうな魔女が登場しそうです。
それに対して私のは、でっぷりと太ったいかにも悪そうでいながら間の抜けたところがある。でも、呪いのカはこっちの方が強そうだ、そんな描き方を考えています。ゆくゆくはこの組曲を出てくる絵をスライドか何かでステージ上に出して演奏して、「プロムナード」の音楽に代えてお話で説明したいなと考えているんです。
ムソルグスキーというと音楽室にあった肖像画みたいに、トンでもない髪型でガウンを着たイメージがありますが、ウォッカの瓶か何かぶら提げながらステージに登場してみるのもいいかななんて考えています(笑い)。

●…最近は指揮をしながらの楽しいコンサートも展開しています

京都フィルハーモニー管弦楽団とおしゃべりを交えながらのコンサートを始めましたが、指揮はピアノのように自由にはならないので、説明できない理由でトスカニーニ風の速いテンポで押し通す演奏になっています(笑い)。曲の途中で指揮台に立ったり、ピアノに走っていったりと面白おかしいステージになっていますが、音楽の楽しさ、素晴らしさを知るきっかけになればと考えています。
よく言う言葉ですが、私のコンサートは次のコンサートへの予行演習、予告編みたいなものです。クラシック音楽を本当の楽しみとして受け止めていただく、その第一歩になれれば幸せです。ハリウッドの映画が予告編の制作にカを注ぐように私も真剣勝負でステージに向かっています。
コンサートでは物真似コーナーが評判ですが、ちあきなおみさんの真似をするコロッケに抱腹絶倒した人が本物を聴いて感動したという話がありますが、そんな広がりがクラシックでできれば面白いし、本当に好きな曲を掘り下げて、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」のように、あの人の演奏であの曲を聴きたいとホールに足を運んでもらえるようになれば、とても素敵なことだと考えています。


2000年3月号(P46〜47) Tokyo IN OUT

NHK教育テレビの音楽教育番組「トゥトゥアンサンブル」に「キーボーズ」役で出演、人気を集めているのがこの人といえば、うなずく音楽ファンも多いだろう。番組のメインキャラクターとして、本業のピアノはもちろん、コミカルなその演技で音楽の魅力を伝える伝道師よろしく大活躍している。

◎・・・斎藤さんといえば、これはもう「キーボーズ」の存在を抜きには語ることができません。

あの「キーボーズ」は二年間やらせていただいたんですが、当然というか、子供向けのコンサートの仕事が凄く増えました(笑い)。音楽を静かに聴いているのに、隣で子供に騒がれると気分を害する人も多いと思うのですが、あの番組をやったことで、私は今、コンサート中に騒ぐ子供に対しても「うるさい」とは絶対いえません(笑い)。ただ、子供向けのコンサートをやっている経験からいうと、やり方によっては子供も静かに聴いてくれるし、幼稚園児でもうまく持っていけば、クラシックの名曲を聴いてもらえることもよく分かりましたね。それから「キーボーズ」を通して、私にはコミカルな演技をするクラシック奏者というイメージができた。だから、昔の山本直純さんがやっていたようなことができるかもしれないと思ったり。他の人が敬遠することなら、その役を演ずるというのも音楽家としての僕の役割の一つではないかと思うようになりました。

◎・・・それにしても、あの「キーボーズ」の衣装は派手ですね(笑い)。

出演中にあれとは別に、さらに派手な衣装も特別に友達に作ってもらったんですよ。ちゃんとバリエーションがあって、「キーボーズ・メキシカン」と「キーボーズ・アメリカン」というのもあるんですよ(笑い)。

◎・・・子供たちもやりようによっては聴いてくれる?

今までの子供のためのコンサートやファミリーコンサートというのは、教育番組的な色合いが強かったと思います。例えば、ベートーヴェンについてのファミリーコンサートを開くとしましょう。今までのコンサートでは、曲の合間に、この曲の作曲家はこういう人で、こんな音楽的な特徴を持つからこういう形式の曲になったとベートーヴェンの音楽について難しく説明します。ところが、その説明が、一般の人には理解しがたいことが多い(笑い)。そして、その後、誰でも聴いたことのある「運命」の最初の部分とか「エリーゼのために」といった誰でも知っているメロディーを聴かせる、というパターンが多かったと思います。
僕の場合はそうではなくて、語りの部分はキーボーズを使って「みなさまぁ〜」と呼びかけ、説明に簡単な曲を織り交ぜて芝居っぽく話します。説明の後は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタなら第29番の「ハンマークラヴィーア」といった、紹介する作曲家の作品の中でも本格的なものを演奏しています。そのかわり、語りの部分から演奏に持っていく部分では笑っていただきます!(笑い)。

◎・・・それが子供たちを惹き付ける秘訣というわけですか。

今ここにコーヒーがあるとします、そして、僕が「コーヒーを皆さんと味わいましょう」と呼びかけます。でもコーヒーは苦くてまずいと思われると困るので、とりあえず“コーヒー牛乳”を用意しておく。つまり、今やっている子供向けのコンサートは、コーヒーはどこの国で生まれたもので、どんな豆からできているとか、そんなことを散々説明しておいてから“コーヒー牛乳”を飲ませるようなもんです。
僕の場合はコーヒーが苦いことや、コーヒー豆の種類にもいろいろあるということにざっと触れて、とにかく本物の良いコーヒーを出す。僕が「苦いけれど飲んでみましょう」といっても、みんなは「苦いから飲みたくないな」というでしょう。実際に飲んでみて「ああ苦い」でもいいんです。本物のコーヒーを飲むことで本物の味がわかるのですから。でも、みんなが苦いと感じるだけでなく、中には苦いけれど、いい香りだとか、おいしい味がする、と思ってくれる人がいるはずです。そうなれば、これはもう儲けものですね。クラシック音楽を分からせるというコンサートではなく、将来的に本当のクラシック・ファンを生み出すようなコンサートがしたいんです。

◎・・・ただ、楽壇は保守的だから、そういう音楽へのアプローチの仕方に反発も相当あったのではないですか。
斎藤雅広
だから、僕は演奏家としての役割をはっきり分けたらいいと思うんです。みんなで協力して、クラシック音楽の世界に人を呼びましょうよ。みんなそれぞれ素晴らしい個性をもち、素晴らしいピアニストなのだから、それぞれの個性が生かせるような役割を分けましょうよ。僕はたまたま運命のいたずら心で「キーボーズ」をやった。それで、そうしたコンサートもできるようになったけれど、もし、このコンサートによって多くの人を呼べるようになったら、その次には初心者を開拓できるようなコンサートを開き、そこでより先にある本格的な曲に触れることのできる機会も体験してもらいたい。ここでは本格的な曲のさわりの部分だけでも演奏して、「ブラームスって意外に聴き易いんだね」とみんなが思ってくれれば、今より多くの人がクラシックのコンサートに行ってくれると思うんですよ。

◎・・・今月26日に東京国際フォーラムで開くコンサートも、そうした感じになりますか?斎藤さんの音楽仲間が大集合といった感じですが。

若い時、僕も全然売れてなかった頃から、お互いに実力的には世界一上手い、と思えるような仲間たちと一緒に、演奏者とお客さんが一緒に楽しめる質の高いコンサートをやっていこうという趣旨で集まり、始めたのがこのコンサートなんです。何度かやっていくうちに、今度は弦楽器奏者がいるとか、歌手がいるなどとなって、色々な人を集めて共演を繰り返した結果が今のメンバーです、一緒に面白くコンサートができる人たちが残っているんです。

◎・・・斎藤さんはもう一つやっていた、「趣味悠々 お父さんのためのピアノ講座」という番組も人気でしたね。

この講座は、お父さんのための、ということをうたい文句にしていますが、お父さんばかりでなく、お母さんもピアノが弾けるようになってもらいたいと思っているんです(笑い)。今は中高年のお父さんがピアノを弾くのがブームですよね。番組の企画の意図は、お嬢さんが大人になってお嫁に行ったりで、弾く人がいなくなったピアノがたくさんあるという日本の家庭の一状況が下地となったと思います。おかげさまで「お父さんたちのピアノ講座」は大好評でした。番組のテキストも驚くほど多くの方に読んでいただけているようです。

◎・・・ところで、いわゆる普通のリサイタルというのもやってますよね。

レパートリーとしてはショパン、リスト、スクリャービン、ドビュッシーとかね。ラフマニノフ、プロコフィエフといったロシア物やフランス物の作品は、結構評判よかったり(笑い)。でも最近はリサイタルでも、必ずトーク付きでやってますね。

《インタビュー:モーストリークラシック誌編集長/田中良幸さん》